2010年6月4日金曜日

非正規社員への差別-是正しない日本『後進国レベル』(英)

経済・時事 DOL特別レポート
【第56回】2010年6月2日

正社員と非正規社員の差別がなくなると何がどう変わるのか――イギリスの労働者視線で見た「同一価値労働同一賃金」の恩恵と日本への教訓

http://diamond.jp/articles/-/8306

正規社員と非正規社員の二極化が進む日本とは対照的に、イギリスではブレア政権以来、10年以上の長きに渡って「同一価値労働同一賃金」の徹底が順次図られている。パートタイム労働者、有期契約労働者に加えて、来年10月からは一定の就業期間を経た派遣労働者にも正社員との労働条件や社会保障の均等待遇が保障されることになる。彼我の差は大きい。イギリスの労働市場の流動性と柔軟性から日本は何を学べるのか。現地からレポートする。
(ジャーナリスト・大野和基)

ロンドンを本拠地とする大手会計事務所、プライスウォーターハウスクーパース(PWC)で日本担当のマネジャーを務めるフィオナ・ガーディナーさん(61歳)は30年間フルタイムの正社員として働いてきた。3年前から週3日のパートタイマー、すなわち非正規雇用になったが、給料は週5日のときの5分の3になっただけだ。フィオナさんがフルタイマーからパートタイマーになった理由は、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)だという。

「自分の趣味を高めるのに、働くのは週3日がちょうどいいのです」

彼女の場合、趣味は合唱団(聖歌隊)であるが、「収入が5分の3どころか、仮に日本のように激減したならば、家計にかなり影響したから、フルタイマーのままだった」と一瞬の逡巡もなく明言する。

1歳上の夫のデレックさんはフィオナさんがパートタイマーになりたいと言ったとき、いい考えだと思ったという。

フィオナ・ガーディナーさんと夫のデレックさん

「我々は結婚して40年になりますが、子どももいなかったので、ずっと共稼ぎでした。いつも忙しくして仕事以外の時間がほとんどありませんでした。妻がパートタイマーになったとき、私も仕事のパターンを変え、年に何ヶ月か大学で教えると休みもしばらく取れるという生活パターンに変えました」

フィオナさんの収入が減ったことに対してデレックさんはこう言う。

「妻の収入は減りましたが、労働時間に比例して減少したのでフェアだと思います。また、すでに十分な貯蓄があるので、余生を2人で一緒に過ごす時間を増やすために自分たちの意思で時間を買うことを選びました」

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デレックさんの趣味(と言ってもほとんどプロであるが)は絵を描くことで、フィオナさんとは別の趣味を持っている。2人で共通の時間を取れるときは、カントリーハウスや古い昔ながらの邸宅を訪れたり、散歩したりして、良質の余生を満喫している。フィオナさんのパートタイマーとしての収入が日本のように時給換算でフルタイマーと比べて半減すれば、それはフェアではない、あるいはパートタイマーになるのを先延ばしにしたかもしれないと2人は言う。

イギリスではパートタイムもフルタイム同様正規雇用であるので、時給・手当ては「正規」と同じである。つまり、収入や手当ては勤務日数に比例するのだ。また、2011年10月からは、12ヶ月の就業期間を経た派遣労働者にも正規労働者と均等の労働条件が保障されることになる(EU派遣労働指令を受けて、今年1月にイギリスで均等処遇を定めた派遣労働規則が成立)。

一方、日本では、厚労省のデータによれば、正規雇用の時給が1889円に対して、パートは1018円であるから、ほぼ半分になってしまう。これは2人が指摘するように明らかにフェアではない。やる気も責任感も出てくるはずがない。

PWCで雇用契約担当のジェニー・テイラーはこう説明する。

「パートタイマーは勤務時間が短いだけで、積極的に仕事をしている才能ある人材です。法律でも定められていますが、我々は同一価値労働同一賃金の原則を使っています」

PWCではパートタイマーは全体の16%で、そのうち女性が15%、男性が1%である。パートタイマーに女性が多い第一の理由は育児であるが、家で仕事をしても会社にいるときと同じ分がもらえるから、有能な人材をつなぎ留めておくのに役に立っているそうだ。

責任に対する意識も日本とイギリスでは全然違う。

日本でパートタイマーと言うと、「どうせパートだから、責任はない」というようないささか投げやり的な考えを抱く人が多いが、イギリスではそういう意識はあまりなく、プロ意識を持って仕事をしている。

次のページ>> キーワードは、pro rata(比例)

日本でもイギリスと同じようにすれば、士気も高揚し、仕事に対する責任感にも影響するのではないか。そうなればフルタイマーの給料を下げざるを得ないだろうが、同一価値労働に対して、同一賃金を払うということは社会全体にプラスになる。しかも有能な人材をできるだけ無駄にしない方法としてかなり有効なやり方ではないだろうか。

バンビーニ・ナーサリーで働くタムジン・シンヤさん(向かって右側の女性)

前述したとおりPWCで女性がパートタイマーになる理由は圧倒的に育児が多いが、それは他社でも同じことである。タムジン・シンヤさん(39歳)はその典型例だ。彼女には1歳と4歳の子どもがいる。バンビーニ・ナーサリーという日英バイリンガル教育を施す保育園・幼稚園はロンドンの中心から南西に30キロほど行ったところにある。彼女は現在そこで月、木、金とパートタイマーとして働いているが、その前はセントラル・ロンドンで語学学校のマネジャーとしてフルタイムの仕事をしていた。4年前に最初の娘が生まれたときにパートタイマーになった。

「すぐにボスにパートタイマーにしてほしいと言いましたが、すぐに受け入れてくれました」

フルタイマーのときは週に37.5時間働いていたが、パートタイマーになって週に21時間になった。収入は労働時間に正比例して減った。

「キーワードは、pro rata(比例して)です」(シンヤさん)

有能な人材を引き止めておくには、パートタイマーになったときに労働時間に比例して給料を減らすのが理にかなっており、賢明な策であるとシンヤさんは言う。一見当然のように聞こえるが、日本ではパートになると同一価値労働の場合、時給に換算すると半分くらいになってしまう。

「今日は午後2時半まで働いて娘を引き取りに行き、そのまま帰宅します。収入はフルタイマーと比べると働く時間に比例します。子どもがある程度大きくなったら、またフルタイマーに戻りますが、フルタイマーとパートタイマーの間を自由に行ったり来たりできる、このフレキシビリティが最高です」

日本ではパートタイマーになるとフルタイマーの時給の半分くらいになると説明するとタムジンさんはショックを受けた。

「そんなに少なくなるのなら、働く価値はありません。女性も労働人口の重要な位置を占めているので、日本もイギリスを見習ってほしいです」

有能な女性が家で家事だけをするのは、退屈だとタムジンさんは自分のことのように言う。「日本は先進国なのに、労働条件は後進国です」

次のページ>> イギリスも一昔前は全く違っていた

考えてみると、日本は少子化に伴って労働人口がどんどん減少する。有能な女性をずっと引き止めておくには、シンヤさんの指摘するように、フルタイマーとパートタイマーの間を自由に移動できるフレキシビリティほど重要な要素はないだろう。

さらに、PWCのように自宅で仕事をしても同一価値労働に対して同一賃金を払うことは極めて重要だ。長期的に考えると社会のすべての人にとってプラスになる。仕事を完全に辞めてしまうとせっかく身につけたスキルも錆びてくるので、労働時間が半分になっても働き続けることで能力を維持することができるのだ。

日本では確実に労働人口が減少している。産休だけではなく、このイギリスの方法を採用することで、有能な女性の労働力を無駄にしないことは日本社会にとって死活問題である。

とは言え、イギリスも一昔前は今とは違っていた。転換期は1997年、保守党政権から労働党政権のブレア政権に政権交代したときだ。保守党時代はアメリカ型の市場原理主義をとり、非正規雇用の保護法制定に反対だった。1997年に労働党政権が誕生するとEUの「パートタイム労働(均等待遇)指令に参加し、パートへの差別禁止を明文化した。また、前述したように、来年秋からは、一定の就業期間を経た派遣労働者には正社員と同等の労働条件を保障することになる。

1951年にILO(国際労働機関)は同一価値労働同一賃金を求める第100 号条約を採択し、日本も1967年に佐藤内閣で批准しているが、労働基準法4条を改正して、明記するまでには至らなかった。明文化しないことでごまかされていきたと言っても過言ではないだろう。

今、日本では年収200万円以下が1000万人いると言われているが、ワーキングプアを減らすには、同一価値労働同一賃金を法制化するのが最も有効な方法ではないか。雇用者側がもし、パートタイマーなど非正規労働者を犠牲にしないと経営が成り立たないと主張するのであれば、それは経営方法に問題があると言わざるを得ない。

鳩山首相や経団連もこの「同一価値労働同一賃金」を強く支持しているが、連合の古賀伸明会長は昨年12月3日の中央委員会でこう述べている。

「すべての働くものを対象に処遇の維持改善に取り組むことを柱の一つにし、連合が非正規を含む非組合員を対象に柱として方針を作成するのは初めてだ」

そもそも年功賃金制度はすでに崩壊しつつあり、同一価値同一賃金を基準法に明記しても、制度に矛盾しない。ならば、何をためらうことがあろうか。社会全体を維持するためには、正規労働者の給料など既得権にメスを入れても実行すべきだろう。先進国で正規と非正規労働者の賃金格差がここまでひどい国は日本だけである。