2009年7月6日月曜日

遅れている日本の慢性痛治療-『“病気”ではない、ぐうたら病。我慢すべき』世間だけでなく医師の意識も

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痛みは "がん"だけじゃない―慢性痛に理解を

http://health.goo.ne.jp/news/cabrain-22931.html

2009年 7月6日 (月) 13:00
【第68回】花岡一雄さん(日本ペインクリニック学会代表理事、JR東京総合病院長)

 身体の異常を察知する"危険信号"である痛み。人間が生きていく上で重要な感覚だが、疾患が治ったのに痛みだけが持続し、苦しめられる患者もいる。日本ペインクリニック学会代表理事の花岡一雄さんは、「日本では今、こうした『慢性痛』を抱える患者が増えている。衣服がこすれたり、風が吹いたりといった小さな刺激で、強い痛みを感じる患者さんもいる」と話し、対策の必要性を指摘する。しかし、がん性疼痛と比べると、それ以外の慢性痛への理解はあまり進んでいないのが現状で、医療用麻薬の使用も敬遠されがちであるなどの課題があるという。花岡さんに慢性痛への対策の在り方などについて聞いた。(萩原宏子)

■増え続ける慢性痛患者
―慢性痛を抱える患者は、日本にどれくらいいるのでしょうか。
 高齢化の進行に伴い、日本では慢性痛の患者さんが急増しており、今は約2000万人の患者さんがいるといわれています。日本では「痛み」というと、がん性疼痛に注目が集まりがちですが、慢性痛を抱えた患者さんは数の上ではもっと多いのです。ちなみに、がん性疼痛は慢性痛に含まれます。慢性痛の中には、帯状疱疹後神経痛のように、少し風が吹いただけでも強い痛みが生じるような恐ろしい痛みもあります。
 米国では慢性痛の患者さんが多数いるということを早くから察知しており、慢性痛に伴う経済的損失は、実に年間8兆円ともいわれています。そのため米国では、2001年から「痛みの10年」政策を開始して、状況の改善に向け、対策を進めています。

―慢性痛が、なぜ経済的損失につながるのでしょうか。
 まず、痛みがあると本人が働けませんから、国民総生産に影響します。また、痛みを抱えた患者をサポートする人も必要になるし、医薬品も要ります。こういうものを含めると、米国では8兆円ぐらいになるわけです。
 日本の場合、この半分の4兆円ほどといわれています。経済的な観点からしても、慢性痛に注目して、きちんと対処をしていくことが必要です。痛みが取れれば、少なくとも本人が自分で自分のことをできるようになります。高齢化が進む日本では、健康寿命と死亡寿命の間を縮めることが絶対に必要です。

―慢性痛の治療は難しいのでしょうか。
 患者さんが痛みを長い間我慢していると、治療は難しくなります。痛みは大きく分けて、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛の3種類があるのですが、痛みを放置していると、だんだんこの3つの痛みが、一緒になってくるんですね。ガチガチに重なり合って、解きほぐすのが困難になります。
 特に日本では、「我慢は美徳」とする文化がありますから厄介です。患者さんには痛みを早めに訴えて、早めに治療してほしい
と思います。患者さん自身が「痛い」と言わないと、医師にも分かりません。痛みがひどくなってから治療するのは難しいのです。本人も苦しみます。
 また、「痛み」というのは個人的な感覚なので、ほかの人と共有したり、伝えたりすることが難しい。そういう意味でも、患者さんにはお気の毒なことですが、慢性痛は周囲の理解を得にくい部分があります。周りの人たちはどうしても、「手術後、痛みがあるのは分かるが、傷跡も残っていないのに、なぜ痛いのか」と思ってしまうんですね。これが例えば、がんに伴う痛みであれば、周りも「患者さんを大事にしなければ」と思うのですが、慢性痛の場合、ただ「サボって」いるように見えてしまうこともある。そして患者は、周りの理解が得られないことにショックを受ける。「『痛い』と言っても分かってもらえない」と。そして今度は、「心因性疼痛」につながってしまう。こういう人が多いのです。

■医療用麻薬に理解を
―日本では、慢性痛の治療への取り組みは進んでいるのでしょうか。
 さまざまな課題があります。まず、薬の問題。日本では、がん性疼痛に対する麻薬系の薬はいろいろあるのですが、非がん性疼痛はそうではない。保険で使える薬が、非常に限られています。今使えるのは、基本的に塩酸モルヒネだけです。この塩酸モルヒネは4時間程度しか効かないので、患者さんは1日に何回も飲まなければなりません。これはかなり大変なことです。
 しかし、がん性疼痛と比較すると、こうした慢性痛はあまり注目されておらず、使える薬も少ないのが現状なのです。わたし自身、慢性痛でも使える医療用麻薬を開発する必要があると思っています。現在、塩酸モルヒネ以外の薬剤の開発申請もなされております。1日1回貼っておくだけでいい徐放薬のような製剤など、がん性疼痛の治療で使用している麻薬製剤も使えるようになればと思っています。
 医療を提供する病院側の採算が取れないという問題もあります。例えば、痛みの治療を進める上で、患者さんの話を「じっくり聞く」ことは非常に大事なのですが、これもなかなか、難しいところがある。医療では、タクシーのメーターのように、話を聞く時間に比例して、報酬がどんどん上がっていくわけではありませんよね。時間がない中で、話を1時間も聞いていたら、ほかの仕事ができなくなってしまう。100人の話を1時間ずつ100時間も聞けるわけがないのです。「話を聞く」ことに対する報酬というのはありません。

―慢性痛を抱える患者を支えるために、医療従事者にはどんなことが求められるでしょうか。
 医療用麻薬への理解が大事だと思います。医師が医療用麻薬の使用に抵抗があることも、慢性痛の治療の障害になっているのです。がん性疼痛のある患者さんに対しても、医療用麻薬に抵抗がある医師が存在しているのが現状ですから、ましてや慢性痛の患者さんに処方されない医師は、もっと多い。また、麻薬は管理のための手続きが煩雑で、これも医師が敬遠する一つの理由になっています。きちんと麻薬の管理がなされていること自体はいいことなのですが。
 日本では、医療用麻薬の代わりに拮抗性鎮痛薬を処方する医師が多いです。管理も比較的楽ですし、多くの医師が使い慣れていますから。ただ、拮抗性鎮痛薬には天井効果があるので、強い痛みにはやはり医療用麻薬が必要です。患者さんが、「痛いから医療用麻薬を出してほしい」と言っても、周囲が敬遠する今の状況を、どうにかしなければいけないと思います。

―なぜ医療用麻薬の使用に抵抗を感じる医師が多いのでしょうか。
 医師が受けてきた教育が、一つの理由だと思います。慢性痛に対して医療用麻薬を使用するという概念は、この10年くらいの間に出てきたものなんですね。だから、手術麻酔の授業を受けたことはあっても、痛みの治療における医療用麻薬の使用については教育を受けていない医師が多いのです。現状では、痛みの治療に詳しい医師の層は薄いと言わざるを得ません。
 医療用麻薬は正しく使えば、決して害になるものではありません。
そもそも、人の体内にはモルヒネに似た内在性オピオイドという物質が存在しており、痛みを和らげる効果があります。医療用麻薬は、痛みのない人が使うと害がありますが、強い痛みがある人には必要です。そのことを理解してほしいと思います。