2008年1月8日火曜日

脳内ホルモンのスプレーで覚醒、無睡眠のサルも元気に

ナルコレプシー(narcolepsy、居眠り病、過眠症)の期待の特効薬
副作用がない夢の物質

なお、ナルコレプシーの主な原因の一つとして考えられているのはオレキシンという物質が欠乏しているからだと考えられているので、不足分を補充するのは理にかなっている
人為的にオレキシン神経細胞を破壊しナルコレプシーを起こしたマウスにオレキシン遺伝子を導入したり、脳内にオレキシンを投与することでナルコレプシー症状が改善されることも明らかにされているので実用化されれば福音となろう

副作用の少なさからナルコレプシーではない一般の人にも画期的なこととなるかもしれない


35時間無睡眠のサルも元気に――脳内ホルモンを鼻内にスプレー
http://wiredvision.jp/news/200801/2008010822.html

2008年1月 8日 サイエンス・テクノロジー Alexis Madrigal

脳内ホルモン『オレキシンA』を鼻内噴霧すると、睡眠不足のサルを覚醒させる効果がある。オレキシンAには目立った副作用もなく、新しい眠気覚ましとして期待できるかもしれない。

コーヒーはもう飲み飽きたという多くの人たちにとって、これは夢のような話だ。米国防総省の国防高等研究計画庁(DARPA)から資金提供を受けた研究チームが、眠気を撃退する薬を見つけたかもしれない。

脳内で自然分泌されるホルモン『オレキシンA』を含む鼻内噴霧薬を使うと、サルの睡眠不足が解消され、認知能力テストにおいて、睡眠の足りているサルと同程度の結果を記録したというのだ。

睡眠を30~36時間取らせずにおいたサルたちに、オレキシンAもしくは生理食塩水の偽薬を投与してから標準的な認知能力テストを受けさせたところ、鼻内噴霧でオレキシンAを投与されたサルは、睡眠の足りているサルとほぼ同じスコアを記録したのに対し、生理食塩水を投与された対照群のスコアは大幅に劣っていた。

『Journal of Neuroscience』誌の12月26日号に掲載された論文によると、オレキシンAはサルの認知能力を回復させただけでなく、PETスキャン(陽電子放射断層撮影)でも脳が実際に「覚醒」していることが確認されたという。

今回の研究が最初に応用される分野として、深刻な睡眠障害であるナルコレプシー[日中において場所や状況を選ばず起きる強い眠気の発作が主な症状]の治療が考えられる。

この治療法は「覚醒を促進させる全く新しいアプローチであり、最新の研究の結果、比較的無害であることが判明している。イライラ感を増すことなく、眠気を抑えることが可能だ」と話すのは、今回の論文執筆者の1人であるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のJerome Siegel教授(精神医学)だ。

オレキシンAは、眠気を感じているサルだけに効果を発揮し、覚醒しているサルには影響しない点、また、脳の他の部分には作用せず「眠気を解消するという働きにのみ特化」している点においてユニークだと、Siegel教授は説明する。

米国睡眠財団(NSF)の推定によると、米国民の70%以上が一般に推奨される毎晩8時間の睡眠を確保できていない(PDFファイル)現状にあっては、これこそまさに多くの人々が求める薬品かもしれない。

過去何十年もの間、さまざまな興奮剤が眠気覚ましとして使われてきたが、その多くは中毒性があり、血圧の上昇や気分の揺れなどの副作用もある。

たとえば軍隊は、長距離飛行をするパイロットにアンフェタミン[通称「スピード」]を投与している(日本語版過去記事)が、最小限の副作用で兵士たちを覚醒させておく方法を探求しており、オレキシンAや、「覚醒促進剤」モダフィニルなど新薬の研究にも資金を提供している。

今回の研究は、オレキシンAの欠乏がナルコレプシーの原因とされていることから始まった[オレキシン遺伝子を破壊したマウスにはナルコレプシー症状が現れることが明らかになっており、ヒトのナルコレプシー患者においても、90%以上の患者で髄液中のオレキシンが検出されないことが報告されている。さらに、オレキシン神経細胞を破壊し人為的にナルコレプシーを引き起こしたマウスに、オレキシン遺伝子を導入したり、脳内にオレキシンを投与することでナルコレプシー症状が改善されることも明らかにされている]。

オレキシンAが欠乏すると眠気を催すのなら、脳にオレキシンAを補ってやれば眠気を撃退できるはずだとSiegel教授は話す。「われわれは今まで、根本的な問題を解決することなく眠気を覚まそうとしてきた。根本的な問題がオレキシンの欠乏なら、そしてそれが明白である以上、オレキシンを補うことが最善の解決策だ」

米国立睡眠障害研究センター(NCSDR)の責任者、Michael Twery博士は、眠気を解消する薬の研究は「非常に興味深い」と語る一方で、長時間眠らずにいることが身体に与える影響はまだ十分解明されていないと警告する。

眠気に作用する脳の化学成分を研究することで、睡眠不足が引き起こす「眠気以外の問題」まで解決される保証はない、という点については、Twery博士もSiegel教授も見解を同じくしている。

「最近の研究では、睡眠不足が、心血管疾患や代謝異常のリスク増加に関連している可能性も指摘されている」とTwery博士は語る。

それでもSiegel教授は、米国人はすでに眠気を問題として認識し、長い間さまざまな興奮剤を使ってこれに対処してきたと話す。

「われわれはすでに、カフェインを使って眠気を自己治療する社会に暮らしているという事実を認識しなければならない」

Siegel教授によると、前述の「覚醒促進剤」モダフィニルも、健康な人の間で眠気を制御するものとしてよく使われているという。モダフィニルは、米国では米Cephalon社の『Provigil』、カナダでは『Alertec』という名称で市販されている。

「これらの先例もあるので、オレキシンAを使って一時的に眠気を抑えてはいけないという明確な理由はないはずだ。もちろん、オレキシンAを使って可能な限り睡眠時間を削ろうなどというのは馬鹿げたことだ」とSiegel教授は語る。

健康な眠りを推奨する人々も、近い将来オレキシンAが薬局の店頭に並ぶかもしれないと心配する必要はない。オレキシンAを治療薬として市販するには米食品医薬品局(FDA)の承認を得なければならず、それにはおそらく10年以上の時間がかかるからだ。

[日本語版:ガリレオ-藤原聡美/高橋朋子]