2008年9月30日火曜日

全チャンネル1週間丸録り、PTP社「SPIDER」レコーダー

更新:2008年9月25日 15:00
デジタル家電&エンタメ:連載・コラム
江口靖二のテレビの未来

全チャンネル全番組録画の行く末

http://it.nikkei.co.jp/digital/column/functions.aspx?n=MMITel000025092008

 「SPIDER」というHDDレコーダーがある。PTPという会社が開発した1週間分8チャンネルのテレビ番組を丸ごと録画できるという製品だが、ただの大容量HDDレコーダーではない。

 完全丸取り機能を持ったHDDレコーダーは一般的ではないにせよ過去にも登場したことがあるし、技術の進歩や価格の低下によって出るべくして出たという印象ではある。しかしこのSPIDERは単なる全チャンネル丸取り録画装置を超えた存在と見るべきで、テレビの視聴スタイルやビジネスモデルを根底から変えてしまう可能性を秘めている。


■メタデータで自由自在に検索・視聴

 そのカギを握っているのがメタデータである。テレビ番組におけるメタデータ、それも番組視聴関連で必要となるものは、番組タイトル、放送日時、出演者といった新聞のラテ欄レベルのものだけではない。何時何分何秒に誰が何を言ったか、言葉だけではなく字幕まで含めた詳細をデータ化する作業が必要になる。

 SPIDERにはこういったデータが用意されているので、たとえば特定のタレント名で検索すれば、出演している番組はもちろん、他の番組で誰かが名前を言ったとか、字幕テロップに出ていたとか、出演CMはどれかといったことまですべて瞬時にリストアップできてしまう。

 こうして得られた検索結果はリスト化されるだけでなく、ボタン一つでザッピングしていける。これまでのようにテレビのチャンネルを切り替えていたのと全く同じ感覚で、いままでできなかった自分のお気に入りのタレント三昧のチャンネルを構築したりもできるというわけである。

PTP(東京・渋谷)のウェブサイト(のキャプチャー画面)

■メタデータはどうやって作るのか

 こうしたメタデータはテレビ局が放送前からラテ欄やテレビ雑誌、デジタル放送のEPGなどで公開しているものと、放送終了以降にテレビ局以外の第三者が作成するものとがある。前者を前メタ、あるいは公式メタ、後者を後メタ、あるいは口の悪い人は勝手メタと呼んだりする。

 なぜ勝手メタかというと、第三者がひたすら番組を見ながら作成しているからである。確かに、かかる手間とノウハウがあれば、公共の電波に乗って放送された内容をモニタリングしてメタデータ化することは可能なのである。SPIDERはこうしたメタデータをサーバー上に置き、インターネット経由で情報をやり取りする。

 そこにさらに視聴者の意見や感想といった口コミ情報を加えることもできる。人が何かを購入するときにウェブ上の口コミを参考にするのと同じように、放送後に他のSPIDERユーザーが投稿した情報を参考にしながら面白そうな番組だけを視聴することもできる。自分の気に入った人のおすすめばかりを視聴してしまうかもしれない。

■編成が意味をなさないことの意味

 SPIDERのもう一つの特徴は、非常にシンプルなリモコンだけですべてを軽快に操作できる点にある。テレビを見るためのリモコンにもかかわらず、チャンネル用の数字キーがなくてほとんどを十字キーだけで操作できる。

 画面のユーザーインターフェイスもこれまでのHDDレコーダーより格段に使いやすい。もちろんEPGなどから番組を選択することもできるのだが、実際に操作していくとチャンネルも放送日時も全く意識しなくなる。テレビ局の番組編成が全く意味をなさなくなってしまうのである。

 考えてみれば、わたしたちの生活、ライフスタイルはますます多様化しており、コンビニや携帯電話といった生活ツールはすべてがタイムセービングに貢献しているからこそ圧倒的に受け入れられている。ではテレビはどうだろうか。相変わらずお仕着せの編成に従って番組視聴を行わせようとする。やはりこれには無理が多すぎる。

 確かに目的を持って視聴をする人には有効なSPIDERであるが、それを突き詰めればどうなるかも考えなければならない。日本中にSPIDERが普及した時、リアルタイム視聴の広告モデルのテレビ局がひとつもなくなってしまっていた……ということにならないことを願いたいものだ。

[2008年9月25日]

-筆者紹介-

江口 靖二

デジタルメディアコンサルタント

略歴

 1986年慶應義塾大学商学部卒、慶應義塾大学新聞研究所修了、日本ケーブルテレビジョン(JCTV)入社。技術局、制作局、マルチメディア室、経営企画室を経て開発営業部長。CS、BS、地上波の番組制作、運用を経験。00年AOLジャパン入社、コンテンツ部プログラミングマネジャー。02年プラットイーズ設立に参画し放送通信領域のコンサルティングに従事。08年独立。現在デジタルサイネージコンソーシアム常務理事、慶應義塾大学DMC機構研究員などを兼務。