第364回:全部録りを超える全部録り、「SPIDER PRO」
~ テレビ+ネット並みの検索性のすごさ ~
■絶え間なき全部録りへのチャレンジテレビを全チャンネル録画したら、というコンセプトは、夢のようでもあり、夢のままでもない。過去には「VAIO type X」があり、「Xビデオステーション」があった。実際の使用者には大絶賛な製品ではあったが、今はそのどちらも現行製品ではない。
他にそういうものがないのかと探していたところ、一つの業務用製品に突き当たった。それがPTPの「SPIDER PRO」である。アナログ放送が最大8チャンネル同時録画可能で、だいたい1週間前後の全番組を録画可能だ。業務用機なので、本体価格は78万円、買い切りではなく月額サポート料なども必要だが、個人での購入者もあるという。
値段だけみると、えーてな感じだが、機能はほぼ同じでソフトウェア的な機能を若干絞ったコンシューマ版も、今月中に発表になるようだ。価格は一番安いモデルで、だいたいプロ用の半額以下になる見込みだという。一応アナログはあと3年で停波する予定なのでそれまでの命ではあるのだが、そもそもHDDの寿命もまあそんなものと言えばそんなものなので、あとはどれだけ使えるか、ということだろう。
今回は業務用のフルバージョンをお借りして、実際に1週間以上の番組を録り貯めてみた。さっそくその使い勝手をレポートしよう。
■シンプルで綺麗なデザイン
大型空気清浄機的イメージの本体
まずスペック的なところから見ていこう。外見はアルミの胴体に分厚いアクリル板が乗っかったような感じで、ちょっと大きめの空気清浄機のようなスタイルだ。一応縦型とは言えるが、正面からは見えない格好で後ろ側に倍ぐらい張り出している。設置にはちょっと場所を取ることは覚悟が必要だ。
正面のSPIDERロゴの脇に、リモコン受光部がある。上部のアクリルパネルは、再生中にぼんやり光るほか、メッセージの有無などを知らせる機能がある。
アクリルパネルの向こう側には、端子類が並ぶ。SPIDER PROのフルバージョンは8チューナ仕様だが、そのうち4ch分は外部入力が可能だ。アンテナ線の接続は、内部で分配するので1系統だけでいい。映像出力はコンポジットもしくはS端子で、音声出力はステレオミニジャックだ。AV機器としてはかなり変則的ではあるが、内部的にはLinuxマシンなので、そのあたりはマザーボードの仕様そのままなのだろう。
SPIDER PRO背面。大きな電源ファンが目をひく
背面の主要コネクタ部。外部入力が4つある
そのほかネットワーク経由で番組情報などが配信されるので、LAN端子の接続は必須だ。USB端子も4つあるが、マニュアルには具体的な使い方は言及されていない。電源スイッチもあるが、基本的にノンストップで番組を録画し続けるので、使い終わったら電源OFFするという概念はない。
内部のHDDは4つで、そのうち3つは常時ループ録画用領域である。残りの一つは保存用で、ループレコーディングによって消えては困る映像を、ここにコピーする。本体右にはDVDドライブがあり、保存した映像はDVD-R/RWに書き出すことができる。ドライブ的にはDVD-RAM/R/RWドライブではあるが、現在はDVD-RAMには対応していない。
録画時間は、同時録画するチャンネル数と録画ビットレート、それからお休み時間の長さで決まる。8チャンネル仕様だが、何チャンネル録るかはユーザーが決められるし、チャンネルが減れば録画保持期間も延びる。ビットレート調整では、現在のチャンネル数だとどれぐらい保持できるかが表示されるので、目安になるだろう。
本体右側にDVDドライブがある
ビットレート設定画面。1週間は録れるようにしておいたほうがいい
お休み時間は、録画データと番組情報を整理するためのもの。最低1日30分の録画停止時間が必要だ。この時間は自由に設定できるほか、時間そのものも伸ばすことができる。またこの停止時間は、2カ所設定できる。つまり深夜の放送がなさそうな時間と、昼頃もまあ見ないよね、という人はその時間停止させておけば、録画保持期間が延びるわけだ。
続いてリモコンも見ていこう。一般にレコーダのリモコンは肥大化する傾向にあるが、予約という概念がそもそもないので、リモコンはシンプルである。これもアルミフレームで、表面の白い部分には、透明のゴムのような柔らかい素材が貼ってある。
お休み時間は、2カ所設定できる
専用リモコン。デザイン的にもかなり手が入っている
横にはテレビの電源をON/OFFできるTVボタンと、ユーザー5人までの設定を切り替えるためのボタンが並ぶ。基本操作は中央部の十字キーと、前のメニューに戻るためのBackボタンですべて可能だ。追加機能を使うときに、MENUボタンを押す程度である。この後詳しく紹介するが、GUIが非常に良くできているので、リモコンで難しいことをする必要がないのが、SPIDER PROの特徴である。
■高速なレスポンスとわかりやすいGUI
PTPはベンチャー企業であるが、たぶん多くの人はベンチャーと聞いて、割とショボいGUIを想像していることだろう。しかしGUIとそれに対するレスポンスは、非常に良くできている。
GUIの基本画面は、各機能が円形に並ぶ状態である。「番組表」、「検索」、「保存した映像」といった機能にアクセスできる。おそらく従来と同じようでもっとも違うのが、番組表であろう。
SPIDER PROの標準メニュー画面
番組表。グレー表示の部分まで録画されている
番組表の「日時で指定」を使うと、何時何分に全局でどんな番組をやっていたかを切り替えて見ることができる
これまでの番組表は、未来の番組を示すものであった。SPIDER PROの番組表は、もちろん未来の部分も少しあるが、メインは過去の、つまり録画してある番組を示すものだ。この番組表は、PTP社内で生成して各SPIDERに配信している。なぜならば、放送局側から提供される番組情報は、これから放送されるものの情報としては利用していいが、放送済みの情報として利用してはいけないという変なルールがあるからである。
SPIDER PROの最大の特徴は、番組内に埋め込まれるメタデータである。これらは事前に埋め込まれるのではなく、番組が放送された後、その番組を実際に人が見て、情報を埋め込んでいる。
例えば出演者などは、事前に番組情報に含まれるものもあるが、何分何秒に出たかまではわからない。そういう細かいデータが埋め込んである。またCMはこれも独自にメタデータを入力する会社があるので、そことも連動している。そしてこれらが自在に検索できるのが、SPIDER PROの強みだ。
「検索」機能では、タレント名、番組名、CM企業名などで検索することができる。例えばタレント名では、実際に録画されている番組内のメタデータからその都度引っ張り出しているので、タレントを選べば必ず映像が出てくる。逆に今週出演がないタレントは、出てこないわけだ。
またタレントや番組、企業名は、Wikipediaから情報を引っ張ってきて、表示する機能もある。ただ相手はインターネットの情報なので、Wikipediaにないものは出てこないし、ソニーで調べたらソニー・ロリンズが最初に出てくるといった部分もある。ここはあくまでも参考程度で考えるべきだろう。
またCMでは、企業名だけでなく、ジャンルからも選ぶことができる。同一のCMは1つにまとめられるので、同じものが何個も並ぶことはない。例えばお茶のCMは今どれぐらいの種類が放送されているのか、といったことがわかるわけだ。企業単位では、今その企業がどんなCMを打っているのかがわかる。
タレント名は録画されている番組のメタデータ内から拾ってくる
Wikipediaからキーワードを検索することもできる
特定企業のCMを全部まとめて見られる
■広がる検索の連鎖
本機は問答無用で全部録るので、録画予約という考え方はない。しかし録画された番組を効率的に見るために、「いつも見る」という機能がある。これは気に入った番組をリスト登録しておくと、ここに番組が集まるのだ。いちいち番組表でチェックする必要もないし、検索も必要ない。まあ言ってみれば、自動検索のような機能である。
さらにここは、自分でキーワードを設定して、検索することができる。キーワードの入力は、SPIDER PROのオーナーページにログインして行なう。例えば気に入ったお笑い芸人がいるとすると、その名前を登録しておけば冠番組だけでなく、いろんな番組にゲスト出演した、まさにその部分にジャンプできる。クイズ番組などでも、ゲストではなく番組の「問題」に出演したタレントなども拾い上げて、データに埋め込む。例えば写真だけの出演なども、それが何秒間の表示かまで、全部調べることができる。
「いつも見る」に番組を登録できる
番組の一部にしか出演していなくても、その部分を探してジャンプできる
もちろん想像した人もあるかと思うが、この検索機能を使えば、ニュース番組の事件報道もまるでネットのように調べることもできる。先日起こった痛ましい事件もキーワードを入力すれば、全局の報道を横断的に、時系列で見ることができる。ただここではその具体的な効果は自粛したい。
保存した番組は、DVDリストへ登録できる。こうして書き込みリストを作ったのち、書き込みという段取りになる。当然だがアナログ放送の録画なので、CPRMメディアは必要ないし、ムーブではなくコピーである。
これらのキーワードや「いつも見る」の登録番組は、最大5ユーザー分まで別に保持することができる。切り替えはリモコン横のユーザーボタンだ。複数でSPIDERを供用する場合に、情報が混乱することがない。
検索機能で興味深いと言えば、「つながり検索」が可能なことである。例えばテレビ番組の情報から出演者を調べて、他の出演番組や出演CMを調べることができる。通常はいったん上の階層に戻って、もう一度「タレント名検索」を行なわなければならないところだが、このように「調べるために横に行ける」という設計は、これまでの家電レコーダにはない考え方である。
保存した番組はDVDにもコピー保存可能
番組名から出演者を繋がり検索
その出演者の別の番組やCMがすぐに出てくる
イメージとしては、WEBのリンクに近い。例えばWEBでは、調べ物をしていると次々に別のところへ飛んでいって、仕舞いには最初のところとは関係ないところにまで出てしまう。これはある意味知的好奇心の連鎖とも言えるわけだが、それをテレビ番組上でやってしまうわけである。
■総論
テレビ番組が1週間分全部手元にあったらいつでも好きな番組が見られて便利、というのは誰でも想像できることである。しかし実際にそれを体験してみると、最初は番組表から面白そうなのを探して見ているが、次第に番組表などいらなくなってくる。
というよりも、そもそも番組表程度の情報では、面白そうなものにはたどり着けないのである。面白い番組を探すためには、番組固有のメタデータのほうが重要なのだ。
SPIDER PROの価値は、全部録るハードウェアに意味があるのではない。それを使って情報を掘り起こし、そこに新しい意味を見いだすデータベースの連結と、情報の見せ方に価値があるわけである。安くするためにチューナを減らそうとか、1週間録れなくてもいいとかいろいろ考えるかもしれない。しかし、全部あるからこそ意味がある。データは全部あるのに番組はないとか、またその逆では意味がないのだ。
現時点での課題は、デジタル放送にいかに対応できるかということである。SPIDER PROのカタログには、将来的にデジタル放送への有償アップグレードのプランも記載されている。まあハードウェア的には、HDDの増加量とデジタルチューナに変更する程度の問題だが、それよりもむしろ、デジタル放送の政治的な問題のほうがネックになりそうだ。
デジタル放送は、番組そのもの以上に、メタデータに関しても放送局の意向が強くなった。アナログ時代は、番組情報誌が独自にテレビ局広報に取材して、詳細なデータを集めていた。したがって用語や番組名の省略方法にも一定のルールがあり、検索にひっかかりやすいのだ。
しかしデジタル放送になってこの仕組みは崩壊し、テレビ局側は番組広報が出すEPG情報しか出さなくなった。番組担当者のやる気次第で情報の密度がまちまちで、番組名の省略方法も揺れが大きい。デジタル放送だからこそメタデータの利用が促進されなければならないのだが、実際には利権とかいろいろあって、ほとんど進んでいないというのが現状である。
SPIDER PROはさすがに業務で使われるだけあって、アナログ放送での情報利用においては、これ以上のものは望めないだろう。単に楽しみのためという枠を越えて、テレビで何が語られているかを横断的に検索することができる、貴重なツールとなるわけだ。
こういう利用ができることは、決してテレビ産業にとってもマイナスにはならないし、下手にネットに絡んでどうこうというわけでもない。全部録りとメタデータ活用は、今後コンシューマにおいても重要なテーマとなっていくべきだろう。
□PTPのホームページ
http://www.ptp.co.jp/
□製品情報
http://www.ptp.co.jp/spiderpro/
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(2008年6月11日)
= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。