2009年9月2日水曜日

日本の精神医療の問題

「うつ」「自殺」の陰に、「コンビニ精神医療」の「ツナミ」があった 不景気があなたにもたらす心の病と家庭崩壊を考える~シリーズ4~ SAFETY JAPAN [セーフティー・ジャパン] 日経BP社

http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20090902/178409/

文/吉田直人 写真/リテラジャパン
2009年 9月8日

 今回は、まず、日本と比べて海外企業ではどうして過労・うつ・自殺が発生しにくいのか、その事例を紹介する。その上で、これだけ過労・うつの問題がクローズアップされているのに、医療制度でそれを救うことができないのはなぜかを精神医療に携わる複数の医師に語ってもらう。
 なお、本記事は、リテラジャパン・ファイザー主催で行われたパネルディスカッション「うつ病・自殺・格差社会」の内容に基づいて、日経BP社が独自に抜粋、編集したものである。

いざというとき頼りになるドイツの組合

 岩波 西澤さん、海外の動向で企業内のメンタルヘルスとか、復職の問題でご指摘はありますか。

 西澤 直接メンタルヘルスについてかかわってきたわけではないので、その点についてはお話できないのですが、労働組合のあり方とか労働時間についてはお話できるかと思います。


社会学者 西澤真理子氏 私はドイツで日本企業に勤めていたことがあります。ずいぶん昔のことになりますが。たくさん日本企業があった町なのですけれども、夜残業する場合は労働監督庁に見つからないように窓に紙を張る習慣があると言われていました。ヨーロッパと日本では時差があるので、ちょうど向こうが夜になると日本が開く。やはり海外の支社ではその時間に働きたいというのがあって、相当な超過労働が行われていたわけです。

 ドイツの労働監督庁は非常に厳しいですから、長時間労働を見つけた場合には取り締まり、厳罰を求めます。サービス残業という話も先ほどありましたけれども、ドイツの企業はあまり残業代を請求してくれるなという感じです。「残業しないでくれ、払いたくないから」と。

 日本の場合はサービス残業がありますけれど、ドイツではできるだけ残業しないでくれという声が大きい。だから働く側も残業代を期待しないし、そのまま定時で上がるのが習慣になっています。ドイツは、年次休暇も6週間は権利として取っているところがあります。

 もう一つ、産業別の労働組合が非常にドイツは強いですから、金属産業であればIG Metallというところが必ずストライキをするし、ものすごく強いです。たとえば自分があまりにも辛くて休業したい場合、もしくは退職した場合には、まず最初に相談に行くのは会社内の組合で、そこが助けてくれるシステムを皆使っている。そこが日本の労働組合のあり方とも違います。

過重労働を未然に防ぐボストンコンサルティングの制度

 岩波 堤さん、アメリカでの様子、状況についてはどうでしょうか。

 堤 今の話と非常に似ているのですが、フォーチュン500に入る企業の約9割は、メンタルヘルス支援制度を積極的に入れています。

 たとえばボストンコンサルティンググループという会社がありますが、ここは従業員がどのくらい働いたかを毎週チェックして、月に60時間以上残業した場合は引っ掛かります。そうすると会社の上のほうにすぐに情報が行って、新しい社員が2人チームに派遣され、皆で手分けをして仕事の優先順位を付け直し、過重労働にならないようにする。結局、そうすることが企業の利益につながるのだという認識が強いのです。


ジャーナリスト 堤未果氏
 西澤先生がおっしゃったように産業別組合になっていますので、組合の力も非常に強い。ただ、アメリカの場合は国民皆保険がないために、精神科医に掛かろうとしても保険のあるなしで引っかかってしまう。企業が保険提供を減らしているために保険を持っていない社員も非常に多いし、医療費が高いために精神科医に掛かっても抗うつ剤をもらえない。それはお金がないから出せませんということになってしまう。抗うつ剤へのアクセスに格差ができてしまっていますね。

患者の話をじっくり聞く態勢が整っていない

 岩波 このへんで話題を変えまして、医療について話したいと思います。清水さんからお伺いできればと思うのですが、自殺対策あるいはうつ病に対する医療で、特に精神科医療について実地の立場からどういうことを希望するか。こういう点は非常に良くないという点など、ご指摘いただけますか。

 清水 笑い話にならない笑い話なのですが、私の知り合いの精神科医が今の日本の精神科医療は「ドリフターズ診療だ」と言うのです。「何ですか、それ」というと、患者が来たときに、「薬を飲んでますか? 食事はとれますか? 眠れてますか? では、また来週!」と(笑)。それぐらい、つまり時間がない。1人の患者に対して向き合う時間がない。患者の顔を見る時間もないまま、机に向かってこうワーッと処方せんを書いて先週と同じような、2週間前と同じようなことをしてバッと渡してしまう。

 では、それで患者さんたちが満足しているかというと、実は多くの人たちは話を聞いてもらいたいのです。話を聞いてもらいたくて、でもお医者さんは話を聞いてくれない。「いのちの電話」に電話をしても、なかなかつながらない。そういう中で、おそらくインターネットで「自殺」を検索して、私どものNPO法人、ライフリンクが出てくるのでしょう。私たちのところに夜な夜な電話を掛けてきて、「医者も聞いてくれないので、話を聞いてくれ」というような方がものすごく多い。


NPO法人自殺対策支援センター「ライフリンク」代表 清水康之氏
 精神科医はもっと話を聞けということではなくて、おそらく精神科医は話を聞いてきちんと対応したいのだけれど、そういう枠組みになっていないのではないか。医療点数上の問題とか、あるいは話を聞く部分は精神保健福祉士とか臨床心理士に任せるというようなチームを組んで、役割分担をしっかり決めて患者に複数の関係者が包括的な診療を行うというようなことが、できていないのではないか。

 そのできていない現状を、本来であればもっと医療の現場の人たちが声を上げるべきところを、患者の側からしか上がってこないというのは精神科医療の自浄努力、浄化作用のなさを厳しく言われても仕方がない。自分たちはこういう限界があるのだということを、精神科医療に従事する方たち自身が、もっと問題提起すべきです。改善していくにはこういう制度が必要だと、もっと発言していくべきです。

精神科医が何でもできるわけではない

 岩波 非常に鋭い、耳の痛い指摘ですが、神庭先生と尾鷲先生、どうでしょうか。

 神庭 現実の実態の一部を指摘されているのだと思います。僕が医学部を出た25、26年前は、精神科というのは患者さんがほとんど来なかった科です。それこそ先輩たちは一人の患者さんに1時間、外来でゆっくり話を聞いて、午後は入院患者さんとキャッチボールして過ごす。患者さんと一緒にいられたのです。精神科のクリニックなども一般にはなくて、精神科でクリニックを開業して町中でやったって患者なんか来ないよ…そんな風に言われていた時代です。


精神科医・九州大学大学院教授 神庭重信氏
 十分に患者さんと向き合えていた時代は、あっという間に変わってしまったのです。この10年間でクリニックの数が急増している。どのクリニックも患者さんであふれている。

 岩波 変わってしまった要因は何でしょうか。

 神庭 精神科への偏見が減ってきたことと、患者さんが増えてきた両方でしょう。

 メディカライゼーションというのですけれども、人の悩みを医学の問題としてとらえていく傾向があるのです。うつとか悩みとか苦悩、実存的な悩みといったものは、本来は「生きる上で当たり前だ」と、昔は思っていたわけです。そこにうつ病とか不安障害、不眠症の治療などが出てくると、自分の悩みは医療がなんとかしてくれるのではないかと医療機関を訪れる患者さんが増えている。

 宗教や地域などが担ってきた社会文化装置が壊れているんだと思います。以前は、社会にそういう文化装置がたくさんあって、教会や寺院だったり隣近所、井戸端のようなコミュニティーだったり。あるいは職場で5時にはけたら上司が1杯連れて行って、そこで面倒を見てやる。今は若い人も行きたがらないし、上司も早く家に帰りたがる。

 そういういろいろな文化装置を日本は作ってきたのに、すべて消えてしまった。うつ病などの精神科的な問題が増えるのも分かります。しかも精神疾患の啓発が進みましたから、私の悩みは精神科の問題だという話になって、そこでワッと患者が押しかけてくる。それも原因の1つかと思います。

 精神疾患患者も精神科医療も大切にされてこなかった、という歴史が、どの国にもあります。精神科の患者さんは1日入院で、診療報酬がだいたい1万5000円です。内科、外科だとこれが4万とか5万円です。精神科医療がいかに抑えられているか。それから、精神科医1人が担当できる患者さんは48人です。内科だと16人と限られている。つまり、3分の1の医師の数で医療をやれとなっているのです。

 国立がんセンターの予算と国立精神・神経センターの運営費はすごい差がある。建物だってものすごい摩天楼のようながんセンターに対して、老朽化した精神・神経センターを見ていただければ分かる。自分は精神疾患とは関係ないと思っている人が多いので、なかなかロビー活動がうまくいかない。

個人の悩みを解決するには文化装置を取り戻すべき

 岩波 今のお話は非常に私も共感するところがあります。特に現実的な悩み、恋愛問題だとか家族関係だとか、たぶん相談するところがほかにないのでしょうね。それで精神科に来て一生懸命相談する方が、ここ数年非常に増えている印象はたしかにある。この点で、尾鷲先生、どうでしょうか。

 尾鷲 今日も大学で初診患者さんを診てから来たのですが、今日いらっしゃった患者さんもお母様が亡くなられてから喪の仕事で、自分の対応をすごく悔やんでいて、それを誰に言うこともできない。お友だちもいないし娘も仕事をして忙しいから、こんな愚痴も言えないという悩みを向けてくる。


精神科医・昭和大学藤が丘病院講師 尾鷲登志美氏
 これは、昔でしたら精神科医の仕事ではなかったかもしれない。この方はカウンセリングができる機関に紹介しましたが、増え続ける患者さんに対し、例えば1人1時間と決めてしまったら、それだけの数を誰が対応するのかという現実問題があります。

 岩波 ユニセフの子どもの調査で去年あたり報告されたのですが、孤独さを感じる子どもの割合は、日本が突出して高いのです。たしか3割近くて、ほかの国は10%を切っている。ほとんど日本だけが際立って孤立化している。大人にも当てはまるのではないかと思うのですけれども、これは共同体の問題、アノミー化ということが言われており、それと関係がかなり深いのではないでしょうか。

 神庭 僕は、やはりコミュニティーや文化装置を取り戻すべきと思っています。そこで解決できない本当の精神疾患に関して精神科医は見るべきであって、やはり精神科医の対象はあくまで精神疾患です。

なぜ医療の側から問題提起が行われないのか

 岩波 清水さんから少し異論があるかもしれません。クオリティーの問題なのですが、医療はそこそこのレベルはクリアできているのではないでしょうか。もちろん医者にもいろいろいますが、周囲の先生方を見ても、ある一定のレベルの方がかなりの部分を占めている印象があります。


精神科医・昭和大学准教授 岩波明氏
 清水 疑問が残るところです。

 岩波 それはいろいろあると思うのですが、守秘義務は当然ありますし、個人の秘密を相談するシステムとして、ほかに今のところ代用物がないと感じます。

 清水 それで実際に話を聞いてもらえているのであれば問題ないかもしれないですけれども、今はその話を聞いてもらいたいという欲求がありながら、そのニーズに応えきれていないのが現状です。

 応えきれるようにするのがいいのかは、当然議論としてある。ただ、現状としては話を聞いてもらいたい。具体的に言うと、死にたいという電話が我々に掛かってくることが多々あるのです。話を聞くと明らかに少しうつ的な感じがする。「精神科には掛かっていますか」と聞くと、それまでどうもコソコソ小声で話しているなと思ったら、「実は今、病院から掛けているんです」と言う。

 笑えない話ですが、そうしたことが何度もありました。実際にそういう方がいらっしゃるのです。「担当医の方には、きちんとあなたの思いを伝えているのですか。死にたいと伝えているんですか」と訊くと、「死にたいと言うと、先生が嫌な顔するんです」と。笑い話ではなくて、これは本当に普通に起きている。


自殺念慮に対応できない現在の医療制度

 岩波 現実に、自殺念慮を訴えたとたんに転院の紹介状を書くドクターもいます。

 清水 それこそ最後の拠り所と思って行っているので、精神科医から嫌われたくない。だから、嫌な顔をするような、嫌な気持ちをさせるようなことは言えない。「死にたい」と言えない状況が起きてしまっている。やはりその部分は改善していかないと、問題がどんどん広がっていくだけだと思います。


 神庭 たとえば僕の外来で患者さんが死にたいと、しかも希死念慮が非常に切迫しているとなると、おそらく僕はその患者さんとかかりっきりで2時間から3時間、自分の時間を取られます。その間、外来は麻痺します。

 何をするかというと、患者さんを説得して「あなたはうつかもしれない。その気持ちは一時的なもので、治療すればなくなるかもしれない。そう考えたことを後悔するでしょう」ということを、説得するのに少なくとも1時間や2時間は掛かる。かつ家族を呼んで、「この人は危ないから入院させる必要がある」と入院の手続きをします。

 いつも精神科の病院が入院のベッドを空けて待っているわけではないので、電話して「今から送りますけれど、よろしく」と、この手続きだけで2~3時間掛かる。すごく大変で、それができるシステムがないのは確かです。結果として、「言われたら困る」という先生の反応が出てくるのも頷ける。あってはいけないのだけれど、そうならざるを得ない状況がある。しかも、実際にはそれほど切迫していなくても、「死にたい」という言葉が出やすい人も少なくない。それでも言われたら、聞き流すことができなくなる。

 岩波 神庭先生がご指摘のように、現実に急性期、特に希死念慮の強い方を受け入れてくれる病院は東京でも非常に少ない。夜間・休日は東京都の精神科救急がありますが、通常の方はほとんど入院できないシステムになっています。

 私もすべては把握できませんが、たとえば東京都では都立病院が精神科救急を一応やっていますが、基本的には警察官通報に対応している。警官が保護した、いわゆる24条ケースです。主として路上を徘徊したり、暴力行為があったりするものが対象となります。

 一般の方が症状を悪くして受診を希望しても、相談の段階でおそらくほとんど断られているのが現状です。

 清水 病床数も減ってきています。大学の総合病院などは、点数が低いのでどんどんほかの科のベッドに切り替えてしまって、精神科医療の病床数は郊外にどんどん移っている傾向がある。

 岩波 以前は広尾の日赤病院も病床があったのですが、要するに採算が合わないということで、たしか緩和ケアの病棟か何かに変わりました。そういう形で各地の病床が閉鎖されている。入院できるところが少なくなっている現状は、確かにあります。

<取材メモ>行政が前面に出ることが求められている

 この後も続いた今回のパネルディスカッションは、医療側の自己批判が延々と続き、現実に日本にある「うつ病・自殺・格差社会」にどうアプローチすべきかについては結論が出なかった。

 一見すると、大企業を中心にメンタルヘルスに対する理解が深まり、精神・神経科のクリニックの数も増え、過労・うつ・自殺対策はひと昔前に比べて整備されているように見える。

 だが、現実には、過労自殺に過労うつ、精神関係の労災は、ここしばらく増え続け、過去最高を毎年更新している。また、日本で自殺する人の数は年間3万人にのぼり、1998年以来、年間3万人の自殺者をコンスタントに生み出している。日本に特徴的なのは、経済状況の悪化がストレートに自殺率の上昇に結びついており、社会の担い手である中高年男性や自営業者の自殺が特に多いことだ。

 経済苦境から、過労死や自殺に至るサイクルは依然として闇の中にあり、このサイクルにどう歯止めをかけるかについてはまだ手探りの状態だ。パネルディスカッションから明らかになったのは、企業社会や医療制度に過度の期待をしても、状況が自律的に改善されていく可能性は低いということだ。

 そんな状況の中、本ディスカッションでも登場したNPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」は、「自殺対策基本法」を2006年に成立させる中心的な役割を担い、昨年には「自殺実態白書2008」を発表、自殺の現状を全国に啓蒙するとともに、各自治体の自殺対策が自律的に立ち上がる後方支援を手掛けている。

 企業や医療サイドではなく、行政主導で勤労者の過労やうつをモニターし、それぞれのケースに応じて必要な支援リソースを結びつけていくことが強く求められていると言える。その触媒役を担うのは、当面の間、ライフリンクのようなNPO法人や一般市民による社会運動だと言えそうだ。

 シリーズ1 「正社員の労働時間増加が悲劇を生む「回路」」
 シリーズ2 「「働き盛りの憤死」激増――過労死、自殺を防ぐ「キモ」」
 シリーズ3 「休職「その後」が問題。「復職」と「退職」「自殺」を分ける「最重要ポイント」とは?」