2009年1月29日木曜日

「毒入り餃子」後も続く安全リスク、中国食品生産現場の"恐るべき内情"

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経済・時事 News&Analysis
【第62回】2009年1月29日

「毒入り餃子」後も続く安全リスク!
中国食品生産現場の“恐るべき内情”

http://diamond.jp/articles/-/3986

「全身が痙攣して嘔吐とめまいを繰り返しました。死ぬかと思って本当に恐ろしかった・・・・・・」

 2008年1月30日に発生し、日本中を恐怖の渦に巻き込んだ「中国製冷凍餃子(ギョウザ)中毒事件」を覚えているだろうか?

 ことの発端は、中国の河北省にある天洋食品が製造した冷凍餃子だった。同社製の餃子を食べた千葉県と兵庫県在住の日本人10人が食中毒となり、製品から有機リン系殺虫剤のメタミドホスが検出されたのである。あの騒動からちょうど1年が経つ。

 当時、日中両国は異例の協力体制で捜査を行なったが、日本側は「日本で毒物が混入された可能性は非常に低い」(警察庁幹部)と発表。中国側も意図的な混入を否定し、事件は解決しないまま暗礁に乗り上げていた。

 そんななか、最近びっくり仰天するような話が飛び込んできた。国営新華社通信によると、今月24日、天洋食品が回収・保管していた売れ残った大量の餃子を、地元政府の斡旋で同省内の鉄鋼工場などに横流しし、なんと中国で新たな中毒事件を引き起こしていたことが判明したのだ。

 報道によると、冷凍餃子中毒事件の当事者である天洋食品は、事件後に製品を日本に輸出できなくなり、経営が悪化していたという。そこで、河北省の国有企業を監督する政府部門「国有資産監督管理委員会」が、天洋食品を救済するため、同委員会の監督下にある大型国有企業「河北鋼鉄集団」に餃子を買い上げさせ、傘下の鉄鋼工場に無料配布させていたというのだ。

 配られた餃子を食べた複数の従業員が、下痢や嘔吐などの中毒症状を訴えていたこともわかった。

自国内で「冷凍餃子中毒事件」が再発!
中国の食品衛生は改善の余地なしか

 いったい、なぜ再びこんなことが起きてしまったのか?

 その理由は、事件の責任がうやむやにされた状態が長く続いたため、中国市民の危機感が低下していたことに他ならないだろう。

 第一に、日本の中毒事件は中国でも報道されたものの、中国公安省が昨年2月の記者会見で中国国内での毒物混入を全面否定した。その結果、中国では「日本での混入説」が既成事実化していたフシがある。

 第二に、多くの中国メディアが「天洋食品の安全管理に問題はなかった」として、同社をあたかも“被害者”のように報じ、同情が集まっていたことも挙げられる。それが「中国で売れ残っている餃子は安全だ」という認識に結びつき、無料配布につながったのではないかと考えられる。

 つまり、餃子事件の教訓が何ら活かされないまま、中国の「食の安全リスク」は変わることなく続いて来たことになる。しかもそのリスクは、これまでにニュースで表面化しているものばかりではない。

「実は中国人と日本人の食品衛生観念には、もっと根本的なところで埋められない常識や価値観の違いがまだまだ存在するのです」と警鐘を鳴らすのは、長年中国に住むある日本人社長だ。

 たとえば、同社長が経営する工場の食堂では、野菜を“野菜専用の洗剤”でゴシゴシ洗うのは「当たり前」。野菜には強烈な農薬が付着しているため、洗わずに食べることなどもってのほかだ。ほうれん草などの葉もの野菜は長時間水につけておくことも日課であり、一般家庭の主婦も同じようにしているという。

 北京や上海には、お金さえ出せば安全な有機野菜を販売する高級スーパーもあるが、町の市場で買った野菜や肉は、どの都市でも安全とはいえないという。街の安い食堂の厨房を覗けば、洗ったばかりの食器をドロドロの雑巾のような汚い布巾で拭いているのも、日常茶飯事だ。

 以前、同社長の部下の家族が一家揃って食中毒になり、病院に駆け込んだときも、医者でさえ「あぁ、この程度のことはよくありますよ。きっと清潔でないものを食べたんでしょ」と取り合わず、治療をしてくれなかったという。

農薬袋にコメを詰め、排水で塩を製造
リスク意識がない生産・加工現場

 しかし、同社長はもっと唖然としたことがあるという。

 昨年、内陸部の農村を訪れたときのこと。ある農家の土間にコメを保存しておく大きな袋が置いてあった。何気なく見ると、その袋はなんと“農薬”という文字が印刷された使い古しだったというのだ。

「畑に農薬を撒いてカラになった袋を、そのままコメ袋として再利用しているんでしょうね。無頓着というか無知というか……。いくら他にコメを入れておく袋がなかったといっても、日本人の『常識』では絶対に考えられないことです」(同社長)

 メタミドホスを含む数種類の農薬は、07年1月から中国で販売・使用が禁止されているが、日本と違って中国では「使用禁止になったから」といっても一斉に市場からなくなるわけではない。同社長によると、「メタミドホスは価格が安い上に殺虫効果が高いため、一向になくならず、今も闇取り引きされている」というのだ。

 農民でありながら農薬を扱う知識がない。そのため、手っ取り早く作物を収穫するために、彼らが何の抵抗もなく適量を超えた農薬を使ってしまうことも十分あり得る。農薬を撒いた後の袋を裏の川に捨てて流してしまうことも平気だ。

 つまり、故意にせよ故意でないにせよ、確かなことは「中国は日本で起きたような恐ろしい事件が十分起こり得る環境にある」ということである。

 事実、中国の食品事情に詳しいジャーナリストの周勍氏によると、「事故や過失も含めた小中規模程度の食中毒事件は、毎年のように全国各地で頻発している」という。周氏は、食品生産現場の実情や食品中毒事故の内容などをつぶさに取材し、「民以何食為天(邦題:中国の危ない食品)」(日本語版は07年刊行)などの著書も持つ事情通だ。

「衛生観念の違いや無知もありますが、日本に住む日本人の想像の範囲を超えている。到底理解できないことかもしれません」と前出の社長も口を揃える。

 そのリスクの深刻さは、当事者である中国人のなかにさえ、食品の危険性を十分に認識している人が多くいることからもうかがえる。

 たとえば、周氏が四川省のある漬物メーカーを訪れた際、漬物に使う塩があまりにも白くて顆粒が細かすぎるので、不思議に思って社長に聞いてみたところ、「政府が許可していない“密造塩”を使っている」とあっさり告白されたという。

 それは、工業排水などが混ざった海水で作る無認可の塩であり、社長も含めて同社の従業員は、誰ひとりとして「恐ろしくてその塩を使った漬物を食べられない」というのだ。

「都会人は医療費を払えるから大丈夫」
背景には格差に苦しむ農家の“恨み”も

 このような話は枚挙に暇がない。ある役人が養豚農家を見学した際、その農家では、豚の毛並みや肉づきをよくするため、発ガン性のある添加物を飼育に使っていることが判明した。農民は「この豚の肉は色つやがよいので、わざわざ都会の人のために育てています。パッとしない豚はわしらが食べるのです」と説明した。

 驚いた役人が、「この添加物が人体に有害なことを知らないのか?」と問い質したところ、農民は「知っていますよ。だけど都会の人は医療費を払えるんだから大丈夫でしょ」と、平然とした顔で答えたという。

「中国の農民は貧しく、都会との収入や生活の格差に不満を持ち、恨みを抱えている。そういう格差社会が広がっていることも、食品の安全性が向上せず、国全体のモラルが高まらないひとつの原因です。それに農民も含め、一般市民は皆“危ない食品によって被る長期的な害がどれほど深刻か”を認識していません」(周氏)

 周氏によると、中国政府が食品の安全性に関するメディア管制を敷いていることも大きな原因だという。今月24日に発生した餃子事件も、昨年「中国国内での毒物混入はない」と断定した政府の発表を信じたがために起きた出来事だった。一般市民が食品による害に対して予防や自衛をしようにも、日本のようにあらゆる情報が一般市民の耳には入ってこないという実情もある。

 これほどまでに隔たりのある中国と日本の“常識”の違い。当時問題の冷凍餃子を輸入したJTフーズは、再発防止策として社員が常時工程を監視し、検査施設も新設した。他の日系食品メーカーも従来以上に厳しく目を光らせるようになったという。しかし、中国の一般の食品生産・加工現場における衛生観念が、餃子事件後も引き続きこのような有様では、常日頃から大量の輸入食品を口にする日本の消費者は、気が気ではない。

 だが、そんな中国でも、少しずつではあるが明るい兆しが見えてきた。昨年、中国で有害物質メラミンによる「粉ミルク汚染事件」が発生したことにより、食品への関心が急速に高まって来たのだ。

 上海に住むある日本人主婦は、多くの乳幼児を抱えた中国人から「日本のミルクは栄養価も高く品質も最高だ。もう二度と中国製のミルクを子どもに飲ませたくない」と言われたという。

 中国政府は07年に食品の製造における品質向上と監視を目的として、新しい国家基準を法律で制定した。新法では、「食品産業における生産の標準化と違法活動の撲滅」を目指している。

 今では、政府内で食品の生産、流通、販売をすべてカバーする新しい規制を作り、国家基準を創設するという試みも始まっている。実際に法律が機能するには時間がかかるが、衛生管理に目を配り始めたのは事実だ。

「日中の常識の違いが埋まるには時間がかかるが、沿海部ではようやく食に対して敏感な人々が増え、業者を厳しく監視する市民も増えてきました」と前出の周氏も語る。

 一連の 「餃子事件」の真相はまだわからない。しかし、真相がどうであれ、われわれ日本人が日本の常識を中国に押しつけ続けるだけでは、何も始まらないことだけは確かだ。

 私たちは、中国の実情を知ることなしに中国食品に依存してきた国内の問題を再び忘れ、置き去りにしてはいないだろうか。今まさに、そのことを考え直さなければならない時期にさしかかっていると言えるだろう。

(ジャーナリスト 中島 恵)