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からだエッセー
歯科医 つれづれ記
(2)天然と人工 差は歴然
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/karadaessay/20070817-OYT8T00159.htm今日も仕事が終わった。夕食が済み、何か気楽な番組でもとテレビをつける。女優がアップになると、途端に私は落ち着かなくなる。口元が気になって仕方ないのである。
うっ、この前歯はさし歯だな、セラミックかな?
くつろぐはずが悲しいかな、頼まれてもいないのに、画面を見ながら診断を始めてしまう。しばらくはストーリーに集中するも、コマーシャルでまたもモデルの口元が気になる。自然光ではさほど気にならないと思われるものが、撮影の強いライトに映し出されて、黒ずんだ歯茎が目に映る。歯周病が進んでいるな。
タレントになろうというような人でも、この程度である。かくも、人工の歯で天然の歯を再現するのは難しいものである。
私たち歯科医が人工の歯と見破るきっかけで、一番多いのは歯と歯茎の境目の不自然さ。金属っぽい色だ。さらに、それに連なる歯肉の変色である。金属の軸を入れたさし歯は、金属イオンの影響で歯茎が黒ずんでくる。次が、透明感のない歯の色。まあ、キレイに並びすぎている白い歯も天然の歯ではないだろうとの見当が付く。
ところが、外国の映画女優さんは、安心して見ていられる。ピンク色の歯肉の上に、透きとおった、真珠のような歯がきれいに並んでいる。なぜこんなに違いがあるのだろう?
ここからは歯科医である私の憶測に過ぎないが、アメリカでは子供のころから矯正治療によって天然の歯をきれいに並べることを、ある程度の生活レベルを保つ人々の多くが当然のこととして実行している。もちろん、むし歯や歯周病に対する予防も行っている。
これに対して、日本では女優やタレントとして、さあデビューという段階で急に歯並びや歯の色が気になる。今さら歯列矯正では間に合わない。そこで大慌てで歯科医院に飛び込む。それも「美容歯科」や「審美歯科」を標榜(ひょうぼう)する歯科医院である。あげくは歯を削って白いセラミックをかぶせ、歯並びと白さを一挙に手に入れてしまおうとする。確かに一度は目的を達成できるかもしれないが、1年後、2年後になれば、その状態は前述したとおりである。
セラミックなどをかぶせるには、歯を守る硬いエナメル質を削り、内部の柔らかい象牙(ぞうげ)質を露出させる。それは、傷口を作るのと同じである。高いお金を払った人工物は、歯茎との相性が天然の歯に比べれば圧倒的に悪い。いつしか、むし歯になり、歯周病の症状を呈する。若い人は安易に歯を削って白くしようなんて了見は持たないことが、自然の口元を保つ秘訣(ひけつ)である。
たまには、ゆっくりと楽しみながらテレビを見たいものだが、歯医者でいる限り、仕事と趣味を兼ねて私の口元ウオッチングは一生続くに違いない。
(東京クリニック丸の内オアゾmc歯科医長)
(次回は31日の予定です)
プロフィール
安田 登 やすだ・のぼる
1969年東京医科歯科大卒。パリ大学留学、第一生命日比谷診療所、東京医科歯科大臨床教授を経て東京クリニック丸の内オアゾmc歯科医長。
(2007年8月19日 読売新聞)