週刊ダイヤモンド編集部
【第82回】 2009年11月16日
新規参入は断固阻止!!
保育園業界に巣くう利権の闇
http://diamond.jp/series/closeup/09_11_21_001/保育園に入れない子どもが増加している。その一方で、保育園の新規開設は遅々として進んでいない。株式会社などによる新規参入に、既存の保育園が政治力まで使い反対してきたからだ。その背景には、既存の保育園の経営が利権化し、職員の待遇が恵まれていることがある。保育園業界の闇を追った。
経営感覚ゼロでも客が万来し、税金はかからず、補助金はジャブジャブ。職員には、高給取りがごろごろいる。100年に一度の不況など、どこ吹く風──。
今どき、そんな夢のような業界がある。保育園業界だ。
なにしろ保育園の需要は急増している。2009年4月時点で、認可保育園に申し込みをしているが入園できない待機児童数は、全国で約2万5000人。しかも、この1年で29.8%増と過去最大の増加を示している。
さらに、はなから諦めて申し込みをしていない潜在的な待機児童数は80万人と推計される。
これだけ需要があるのに保育園はなぜ増えないのか。その答えは、新規参入の難しさにある。保育園業界が、新規参入を断固として阻止しているのである。
■認可園には多額の補助金
■年収1200万円の園長も
保育園には、認可保育園と認可外保育園がある。認可保育園は文字どおり自治体の認可を受けたもので、国や自治体から潤沢な補助金を受け取っている。国費だけでも、年間3000億円程度が認可保育園に投入されている。
認可外保育園には、一部に東京都独自の補助金を受けられる認証保育園などがあるが、多くが補助金をまったく受けられないベビーホテルなどで、設置は自由だ。
認可外保育園が全国で約7300なのに対して、認可保育園は約2万3000。さらに、認可保育園は、自治体による公立認可保育園と社会福祉法人などによる私立認可保育園に分かれ、その数は半々である。
そして、認可保育園と認可外保育園の経営には、天国と地獄ほどの差がある。認可保育園の経営は楽で非常においしいのだ。
"利権化"する保育園経営の舞台裏
認可保育園は認可外保育園がもらうことのできない巨額の施設整備費を受け取っているため、園舎は立派で、園庭も大きい。それでいて、月謝の平均は約2万円と安い。これも補助金のおかげだ。
たとえば東京都では、私立認可保育園で約30万円、公立では約50万円を、0歳児1人当たりの保育費用として毎月補助している。だから、月謝が安いのだ。
一方、都心の認可外保育園の多くは、雑居ビルで運営され、0歳児の月謝は6万~7万円かかる。
これだけ差があれば、認可保育園には黙っていても園児は集まる。そして、園児が集まれば、それだけ多くの補助金が入ってくる。
おかげで、認可保育園の経営者に経営感覚は育ちにくい。「複数の物品の納入業者から見積もりを取って、値引きさせるという当たり前のことすらやらない園もある」(認可保育園関係者)。
さらに、保育園経営が"利権化"している面もある。
私立認可保育園の多くは社会福祉法人によって運営されている。社会福祉法人は地域の篤志家などが自らの財を提供して設立し、保育園運営を始めたケースが多い。
しかし、補助金事業で公的側面が強いにもかかわらず、後任の理事長も自ら決めることができる。現在では、二代目、三代目と、後を継いでいる保育園も多い。また法人税を支払う必要がなく、一族を職員として雇うことも多い。
儲けの裏技もある。私立認可保育園の職員の給与の支払いにも補助金が投入されているが、その額は、およそ世間一般での"大卒で30歳程度"に設定されている。
ところが、一部の私立認可保育園では、女性職員は30歳までに辞めるように仕向けつつ、なるべく若い職員を中心にして人件費を抑えている。実際の賃金と補助金との差額が、利得になるからだ。
さらに、社会福祉法人の理事長は給与額を自分で決めることができる。こうして「合法的に私腹を肥やす」(認可保育園関係者)のだ。
自治体が新規参入を規制する理由
一方、公立認可保育園に目を向ければ、園長、職員、双方が待遇面で恵まれている。
保育園の問題に詳しい、鈴木亘・学習院大学教授は、「東京23区の保育士の平均年収は800万円を超え、園長の給与は約1200万円。園長は都庁の局長レベルだ」と明かす。他の地域でも、地域の公務員に準じているという。
もちろんすべての認可保育園が、利権ばかりを気にしているわけではなく、熱意を持って保育にかかわっている良質な園もある。しかし、制度全体の設計が、放漫経営や利権目当てを生みやすい構造になっていることは否めない。
そして、これだけの利権や特権をやすやすと手放すわけがない。保育園業界は、団結して新規参入を阻止してきた。
認可保育園の新設は地方自治体が判断し、株式会社の参入など規制緩和は政府が決定する。つまり、あらゆるレベルで政治がかかわってくる。そこで、保育園業界は強い政治力を備えるようになった。
その代表格が保育3団体だ。日本保育協会、全国私立保育園連盟、全国保育園協議会連盟は強い政治力を持ち、厚生労働省の部会などにも参加している。
加えて、23区の公立認可保育園は共産党系の労働組合の影響が強い。また、全国の他の公立認可保育園は自治労(全日本自治団体労働組合)の影響が強い。現在、全国の自治体で公立認可保育園を民間に委託する動きが相次いでいるが、これらの団体を背景に、組織的に委託反対運動を起こしているのだ。
猛反発の成果は上々だ。2000年に、国は株式会社などによる保育園設置を形式上認めたが、その中身は骨抜きだ。特殊な会計基準を強要され、補助金は既存の認可保育園に比べたら利用できないものも多かった。
なにより、政治力を気にしてか、株式会社による申請があっても、自治体が認可しないことも多い。株式会社などによる認可保育園は、全体の2%以下にとどまっている。
弱者に厳しい現行制度を改革できるか?
■弱者に厳しい現行制度
■新政権は改革できるか
待機児童の解消という目的を果たすには、認可保育園の闇を照らし出していく一方で、制度の運用面も見直す必要がある。
認可保育園への入園は、親の働き方などを点数化してその優先度を決めるが、そこで優遇されるのは正社員夫婦だ。非正規社員やパートで働いている場合は、点数が低い。正社員は忙しい、という理屈だ。
認可保育園に入れなかった場合、認可外保育園に預けざるをえない。良質な認可外保育園もあるが、安かろう悪かろうといったところも多く、かつて死亡事故も起きている。弱者に優しい制度になっていないのだ。
小学校前までの教育にかける国費の額で、日本は先進国24ヵ国のうち、最下位に近い。認可保育園を増やすのはいいが、予算が限られたなかで数だけ増やしても、一園当たりの補助金は薄まり、保育の質は落ちてしまう。本来なら、予算の増額を目指すべきなのだ。
民主党が進める子ども手当も、現金での支給では遊興費に消えかねない。広く薄く予算配分するより、重点配分する視点も必要だろう。教育産業向けに使途を限定したバウチャー(クーポン)として発券するのも有効かもしれない。
ただ、いずれにしても劣悪な認可外保育園のチェック体制や、既存の認可保育園のムダを削減するような改革、新規参入の緩和など制度全体の見直しもセットで導入することが必要だろう。
それには、既得権を手にしている保育園業界からの猛反発が起こる。加えて、現在200万人いる認可保育園に通う子どもの親たちも、見方によっては既得権者といえる。改革によって今通っている認可保育園のサービスが見直されるとしたら、親たちから反対の声が上がりかねない。
自民党政権では長年この構図にメスを入れられずにいた。民主党への政権交代は、国民が利権にとらわれた自民党にノーを突きつけた結果ともいえる。民主党には、しがらみを断って改革をする勇気が求められているのではないか。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 清水量介)