2009年11月9日月曜日

小型化するB-CASカードの狙い

小型化するB-CASカード、その狙いはどこに

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091109/194147/

2009年11月9日

(前屋毅=ジャーナリスト)

 デジタル放送を受信できるテレビには「B-CASカード」を挿入することが必要になっている。このカードを発行しているビーエス・コンディショナル・アクセス・システムズは、11月から小型化したカードの提供を開始した。なぜこの時期に「小型化」なのか。いや、そもそもデジタル放送に「B-CASカード」は必要なのか。

無料が前提の地上波デジタル放送にB-CASカードが必要な「不思議」

 まずは「B-CASカード」について触れておこう。

 地上デジタル対応のテレビを購入すると、銀行のキャッシュカードと同じ大きさのカードが同梱されている。これをテレビの指定部分に差し込まなければ、地上デジタル放送は受信できない。このカードが「B-CASカード」である。そもそもは2002年12月1日に日本でBSデジタル放送を開始したとき、その有料放送のために導入されたものだ。

 有料放送の放送波には、料金を支払っていない視聴者は受信できないようにスクランブル(伝送路暗号)をかける。視聴者が料金を払えば、そのスクランブルを解除する。その仕組みが「CAS(conditional access system=限定受信方式)」だ。「B-CAS」の「B」とは「BS」のことである。B-CASカードには個別の認識暗号が登録されており、それを見分けて放送波を送る側が料金を払う手続きをしたテレビのスクランブル解除を行なうのだ。

 BSデジタル放送の開始にあたりB-CASカードが導入されたのは、もともと地上アナログ放送を無料で提供していた民放の在京キー局各社が、BSデジタル放送を有料コンテンツとして放送しようとしていたからである。しかし実際に放送が始まってみると民放各社は有料化を見送った。有料で視聴者を集める見通しが立たなかったためだ。つまりこの時点において、スクランブル解除という意味ではB-CASカードは必要なくなったのだ。

 もっともWOWOWとスターチャンネルは有料放送を実施しているが、それまでは別の仕組みでスクランブル放送を実施していて、B-CASカードがなければ有料放送ができなかったわけではない。なにより、そういう有料放送を必要としない視聴者まで、デジタル対応のテレビを購入時に強制的にB-CASカードを買わされるのは理不尽である。有料放送を望んだ時点で売る仕組みにしてもおかしくないはずだ。

 それでもB-CASカードが導入されたのは、「著作権保護」という目的があるからだ。放送局が放送したコンテンツを録画して無断で売買すれば著作権の侵害となる。それを防ぐためにコピー回数を制限する仕組みを放送波に組み込み、その放送波で視聴可能にするには「B-CASカード」が必要となっている。もともと有料化を前提としていない地上デジタル放送の視聴にもB-CASカードが必要なのはそのためである。

 ただし、この「B-CASカードによる著作権保護」については疑問の声も多い。総務省の情報通信審議会情報通信政策部会「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」が2009年7月に提出した答申には以下のような記述がある。

『「デジタル・コンテンツの流通の促進」及び「コンテンツ競争力強化のための法制度の在り方」について』も、「消費者の立場としては、選択肢の拡大や、市場における競争原理につながる著作権保護技術が必要なのであれば、それを守るためだけに絞ったルールが必要なのではないかと考える」。つまり総務省はスクランブル解除機能まである「B-CASカード」による保護の方法には懐疑的な見解なのだ。

B-CASカードのコストを消費者が負担する不条理

 BSデジタル放送の有料化を前提に導入されたB-CASカードだが、前述したように在京キー局のBSデジタル放送は有料化を実施していない。「民放の」とはつまり、NHKだけは「スクランブルらしきもの」をかけているからだ。受信料支払いの手続きをしていない受信機でNHKのBSデジタル放送を受信すると、NHKに連絡するように促す文字情報が画面にかぶさっている。

 これはかなり「うるさい存在」だが、我慢すればコンテンツを観ることはできる。なぜそうなっているかといえば、NHKの受信料については国民的なコンセンサスが得られていないからだ。「NHKを観ないにもかかわらず受信料を強制されるのは納得できない」など受信料に疑問の声は多いため、具体的な法制化の動きにはつなげられないのが現実だ。

 その一方でNHKは「公共放送」という立場をとっているため、全ての国民に平等に電波を届ける使命があるとされている。それゆえ受信料を払う人と払わない人を区別して放送波を送ることをストップできないでいる。だから、「警告」の意味の文字をかぶせる「スクランブルらしきもの」に止めているのだ。

 そのNHKも、地上デジタル放送については「スクランブルらしきもの」も実施していない。受信料を強制できないNHKの立場が現れている。ともかく現状は、「B-CASカード」のスクランブル機能はNHKのBSデジタル放送の「スクランブル的なもの」だけにあるようなものだ。「B-CASカードのコストはたいした額ではない」と家電関係者はいうが、少ないとはいえ必要かどうかわからないももののコストを消費者が負担させられている不条理は否定できない。

重要なのは独占問題なのか

 2009年になって、国会がB-CASカードの問題を取り上げた。その焦点は独占問題だった。

 B-CASカードを発行しているのは、先述したビーエス・コンディショナルアクセスシステムである。この会社はNHKが筆頭株主で、民放各社・家電メーカーも株主として名をつらねている。2011年7月24日で地上アナログ放送が終了し、地上デジタル放送への完全移行が決まっているなかで、地上デジタル対応テレビの需要は大きくなってきている。それに絶対に必要とされてしまっているB-CASカードを1社が独占している。この点が問題になったのだ。

 実際、先に引用した総務省の情報通信審議会「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」の7月6日の答申は、「消費者の選択肢の拡大という観点から、まず第1段階として、新しい方式については、技術的な透明性を確保した形で極力早く実現し、消費者のニーズに合った多様な受信機を市場に流通させていだきたい」と独占を問題視している。つまり委員会はB-CASカードと併存するものの導入を求めているわけだ。

 これにしたがって総務省は新方式を導入する方針を決めた。新方式導入が実現すればB-CASカードのライバルが登場し、独占という状況ではなくなる可能性もでてくる。ただし、まだ総務省が方針を示しただけで、具体化しているわけではない。

 そのライバル登場の動きに合わせかのようにビーエス・コンディショナルアクセスシステムズが実施しようとしているのが、B-CASカードの小型化である。これまでの銀行キャッシュカード大の大きさから、「Plug-inSIM形状(ミニカード)」となった。

このままなし崩し的にスクランブルや著作権をめぐる議論は消えるのか

 従来のカード型では必然的に挿入部分が大きくなってしまうために機器の大きさが制約され、携帯電話などには使用できないという指摘は以前からあったという。それを改善するために2009年3月に小型化のARIB規格ができたために小型化が実現することになったのだが、それでも規格ができてから、わずか半年余りで製品化したことになる。「ライバル登場の前に市場を占有してしまおうとして開発を急いだ」という見方をされてもおかしくないほどの開発スピードだ。

 小型化が実現したことで、新型「B-CASカード」が利用しやすくなることは確かだ。そうなると、地上波の完全デジタル移行が目前に迫っていることで増加が期待されるテレビの買い換え需要をビジネスにつなげたいメーカーは、新方式を待っているより、新型「B-CASカード」を採用した機器の開発に取り組むことになる。新方式が具体的に姿をみせたときには、すでに新型B-CASカードがディファクトスタンダードの地位を固めてしまっているということも、十分にありうる。タイミング的に総務省が新方式採用の方針を打ち出すより小型化規格ができるのが早かったためにB-CASカードの独占が守られたことになりかねない。

 しかも新型B-CASカードは小型化になっただけで機能は従来と変わらない。NHKのBS放送で使われている「スクランブルのようなもの」や、WOWOWなど有料が大前提のもの以外には不要となっているスクランブル解除機能も残したままということになる。著作権保護をどうするべきかという問題についても議論が深まっていく様子はない。このまま小型B-CASカードが普及していけば、「独占を許さないためにライバルの育成を急げ」という議論だけが優先しかねない。

 スクランブルや著作権の問題は、ますます議論されずじまいに終わる可能性が強い。B-CASカードの小型化は、スクランブルや著作権などデジタル時代を迎えるにあたっての重大な問題を真剣に検討する機会を奪ってしまった、といえそうだ。

■変更履歴
1ページと4ページに「WOWWOW」とあったのは「WOWOW」の誤りでした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[2009/11/11]

前屋 毅(まえや・つよし)
1954年生まれ。『週刊ポスト』記者を経てフリージャーナリストに。企業、経済、社会問題をテーマに執筆している。著書に『全証言 東芝クレーマー事件』『安全な牛肉』(いずれも小学館文庫)、『成功への転身??企業変質の時代をどう生きるか』(大村書店)、『ゴーン革命と日産社員??日本人はダメだったのか?』(小学館文庫)、『学校が学習塾にのみこまれる日』(朝日新聞社)などがある。