2010年2月18日木曜日

なぜ「食い逃げは無罪」なのか?-法律塾

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解決!法律塾
2010年 2月 18日

なぜ「食い逃げは無罪」なのか?

http://president.jp.reuters.com/article/2010/02/18/B9548B32-1629-11DF-9027-5EE73E99CD51.php

利益窃盗
プレジデント 2010年1.18号
裏を返せば「財物」といえぬ有償のサービス(利益)について、お金を払わずコッソリ享受しても、窃盗罪にあたらないのだ。

司法ジャーナリスト 長嶺超輝=文 ライヴ・アート=図版作成
キーワード: 社会 生活 世のなか法律塾

罪に問われない食い逃げの方法をご存じだろうか。

代金後払いの店で料理を注文し、出てきた料理を食べている途中、あるいは食べ終わった後に「金を払わず逃げてやろう」と思い立ち、店員に見つからないよう、トイレの窓などから逃亡した場合、じつは現在の日本では犯罪に該当しない。これを「利益窃盗」と呼ぶ。

「同じように、自動改札を飛び越えて電車に乗ったり、野球場のスタンドに忍び込んで試合を観戦したりする行為も、(建造物侵入罪はともかく)窃盗罪には問えない」と説明するのは、幅広い法律問題に精通する佃克彦弁護士(東京弁護士会)。

このほか、コインパーキングで金を払わずに駐車中のクルマをムリヤリ出したり、部屋の家賃を滞納したまま夜逃げしたりすることに関しても、不当に得た利益の損害賠償(弁償)という民事責任は別として、警察の世話になる筋合いはないという。

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「利益窃盗」は罰せられないその秘密は、窃盗の罪を定めている条文の記し方にある。

刑法235条は「他人の財物を窃取した者」のみを窃盗罪として処罰の対象としている。裏を返せば「財物」といえぬ有償のサービス(利益)について、お金を払わずコッソリ享受しても、窃盗罪にあたらないのだ。

料理店で料理を注文したからといって、その料理を客が密閉容器に入れて持って帰ることまで当然に許されるわけではない。つまり、店での料理の注文は、料理そのものの売買契約でなく、「店の中で出来たての料理を楽しむ」というサービス(利益)の提供契約を申し込むものだと解釈されている。

その利益をお金を払わずに満喫することは「利益窃盗」と呼ばれ、刑法による処罰の対象となっていないのである。したがって、最初はいったん正当に注文し、飲食物提供のサービス(利益)を有効に受けたのなら、その後に食い逃げの意思が生じて、こっそり逃げても、それは財物を盗んだことにならず、窃盗罪の成立とはならないのである。

もっとも、最初から食い逃げするつもりで料理を注文すれば、その注文自体が詐欺行為であり、罪に問われる。これは、窃盗と異なり、強盗や詐欺の場合は、「利益強盗(強盗利得)」や「利益詐欺(詐欺利得)」が刑法で処罰の対象になっているからだ。店員を脅すなどして支払いを免れようとすれば強盗罪となるし、「財布を家に忘れたので取ってきます」と店員にウソをついて逃げれば、詐欺罪が成立する。

つまり、食い逃げの意思が生じたタイミングにより、罪に問われるかどうかが決まるわけだが、「途中で食い逃げの意思が生じた」ことを実際に裁判で証明するのは至難の業。「初めから食い逃げするつもりだったろう」と、検事に問い詰められるのがオチだから、現実には食い逃げで無罪を主張するのは難しい。

いくら道徳的・倫理的に悪いと思われている行為でも、犯罪として条文に書かれていない限り、その行為を犯罪として罰することは許されない。この建前を「罪刑法定主義」と呼ぶ。何を犯罪とするかは、民主的な手続きや議論にのっとって、国会の「法律」や地方議会の「条例」といった形式で事前に定めねばならないのである。

では、利益窃盗が処罰されないという「法律の抜け穴」が塞がれないのはなぜだろうか。

「利益窃盗が問題になりうる場面は、サービスにしかるべき対価を支払わない債務不履行(契約違反)が大半。もしも利益窃盗が犯罪として指定されれば、民事の問題である債務不履行が、ことごとく刑事処罰の対象となり、法体系全体のバランスが崩れるからでは」(佃弁護士)

法律の抜け穴らしく見える領域にも、単なる立法者のミスや怠慢のせいでなく、なかにはあらかじめ計算されて開けられている穴もあるようだ。