2010年2月16日火曜日

企業を生かしも殺しもするプレゼン

生き残れない経営:

企業を生かしも殺しもするプレゼン

http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/1002/16/news021.html

日本人はプレゼンテーションが欧米人と比較のしようもないほど下手くそだ。いざプレゼンとなると、書類の多さこそが内容の充実と誠意を示すものだと誤解する。そうした悪例を何度も見てきた。

増岡直二郎(nao IT研究所),ITmedia
2010年02月16日 08時10分 更新

 昔、米国人と仕事で付き合い始めたとき、彼らのプレゼンテーションの上手さに度肝を抜かれた。大仰に語るほどのテーマでもないのに、問題の背景、問題の分析(大したこともないデータを添付)、それを解決する戦略と戦術と称して、理路整然と10ページほどにまとめ、プロジェクターで得々と要領よく説明をする。やけに説得力があった。

 企業でアルバイトを希望するオーストラリア人の女子大生を面接したとき、鼻につくような自己宣伝のプレゼンテーションに辟易したこともある。しかし、まとめ方は見事だった。彼らに比べ、日本人はプレゼンテーションが比較のしようもないほど下手くそだ。正確に言うと、いまだにプレゼンテーションに慣れていないと言うべきか。

 自己謙遜を良しとし、自己の長所をなかなか主張しようとせず、相手に訴えようとする努力と技術に欠け、論理性に欠け、話し方が下手だ。いざプレゼンとなると、書類の多さこそが内容の充実と誠意を示すものだと誤解する。残念なのはそこにトップや経営者が加担していることだ。それは多くの日本企業の特徴と言っても過言ではないし、経営の効率を損ね、経営の方向を誤らせることになりかねない。経営環境、企業業績が低迷する今こそ、新しいプレゼンのあり方を追求するときではないか。

 新しいプレゼン方法で、業績向上につなげている企業がある。それらを参考にすべきだ。その紹介の前に、随所に見られる駄目なプレゼンの例を示そう。

資料の厚さを喜ぶ

 某大手企業の予算会議を傍聴する機会があった。指定の席につくと机上にある厚さ5センチを超える資料に驚かされた。辺りを見渡すと、出席者50人ほどの机上すべてに置かれている。壮観だ。やがて最前列に座ったトップをはじめ経営陣は、資料を満足気に手にとって眺めている。後で聞いた話だが、会長が「充実した」資料を好むそうだ。

 会議が始まった。多くの部署が次々とプレゼンを行う。資料の内容は部門間で重なる部分が少なくない。厚さが数センチにもなるはずだ。質疑応答は、会長、社長、役員と発言の順序が決まっている。たいてい質疑の内容は些事に走りがちだ。プレゼンテーターたちは、質疑が少ないこと、上からたたかれないことを願い、無難に終えたことを喜ぶ。

 出席者たちは会議後、今後ほとんど開くことはないファイルに分厚い資料を閉じ込む。かくして、予算会議はセレモニーだ。本来、徹底した戦略の議論がされるべきではないのか。

 別の例を紹介する。100人規模の某部品メーカーは長年業績が低迷していた。筆者がコンサルティングに入って驚いたことは、親会社からの赤字補填が当然だという経営陣の認識と業務効率の悪さだった。例えば、製品開発会議では官僚化した大企業のように設計部門が膨大な資料を用意し、幹部を前に形式的なプレゼンと質疑応答をする。製品開発会議に限らず、設計改良や設計不良発生などのときにも、設計部門から詳細な資料でプレゼンがなされる。手の込んだ詳細な資料は設計部門の伝統らしい。

 反面、資料作成に手間を取られ、本来の製品開発や改良、原価低減になかなか手がまわらないのが実態だ。しかし、経営陣は意に介さない。むしろ、手の込んだ資料に満足げだ。

優良企業のやり方

プレゼン資料など不要

 そんな話はやめにして、効率的で自由闊達な議論から企業業績を回復させた優良企業を紹介する(「AERA」2009年2月2日号より引用)。

 飽和状態のコンビニ業界で、「一頭地を抜くのが業界3位のファミリーマート」である。2008年2月期にはコンビニ大手で唯一、既存店売上高が前期を上回った。2008年3~11月期も前年同期と比べ6.9%伸びている。その背景には、社内意見の巧みな吸い上げ方がある。トップと社員の意見交換会には、(1) 事前にテーマを決めない、(2)資料を一切つくらせない、を厳守する。

 前社長時代は、机上に分厚い資料が積まれ、熱心なプレゼンが要求された。トップの好物を忖度する情報が駆け巡り、行く先々で食事は名物の蕎麦ばかりだった。どこかの企業にも見かける光景だ。その旧弊と上田準二社長は決別した。

「企業の規模が大きくなればなるほど、下から上がってくる情報が滞りやすく、トップが自分の間違いを修正しにくいきらいがある」、「どんなに面白く、わかりやすくても、一方的に話す落語スタイルはとらない。他人とのコミュニケーションの参考になるのは、断然漫才だ。相手との掛け合いで進んでいく」というのが、上田社長の持論だという。

 さらに一歩進め、社内でのプレゼンそのものがない会社が、気象予報情報を提供するウェザーニューズである。設備投資が過剰で、2005年と2006年の2期続けて赤字だった。その後V字回復を成し遂げ、2008年6月には社員給与を平均で15%も引き上げたという。

 プレゼンの代わりが、毎週月曜日午前9時半から始めるミーティング「GSHIGSHI(グシグシ)会」だという。社内組織の頭文字から命名し、アイデアをゴシゴシ練るという意味もあるらしい。

 役員から新人社員まで幕張勤務約350人の誰でも参加できる。ほかの拠点ともテレビ会議システムでつなぐ。最初に部署ごとの報告が30分。長引かないよう全員立ったままだ。続いて車座になり、どんな仕事をやりたいかの提案に移る。参加者の賛同が多く得られ、役員のゴーサインが出れば、その場で新プロジェクトが決まる。JR山手線車内の液晶画面「トレインチャンネル」への天気予報提供も、携帯端末で天気情報を送りゲリラ豪雨の発生を予測するビジネスも、この場で生まれたらしい。

「グシグシ会も、一種のプレゼンではないか」という問いに、石橋博良社長は「プレゼンは自己陶酔だ。どうしても格好をつける。そこからいいアイデアは生まれない。資料やプロジェクターの類を用意しないからこそ、うまく機能している」と答える。

 プレゼンには資料もプロジェクターも必須だという観念に取り付かれているわれわれには耳が痛い話ばかりだ。上例の自己満足の予算会議も設計の資料作りも、工夫の余地がある。そのためには、ファミリーマートやウェザーニューズのように経営陣の考えを改める必要があるのは言うまでもない。