2010年2月16日火曜日

派遣法改正、企業と労働者の損得勘定は?

前田 裕之
日本経済新聞社解説委員
執筆者詳細

第13回「派遣法改正、企業と労働者の損得勘定は?―3」(2010/02/16)

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/maeda.cfm?i=20100209dm000dm

 連立与党は労働者派遣法の改正案を今国会で成立させる予定です。仕事があるときだけ働く登録型派遣を原則禁止するなど、「派遣」に強い規制をかける意向です。「派遣切り」「年越し派遣村」などを通じ、さまざまな課題が浮かび上がった「派遣」。規制強化は今後の日本経済にどんな影響を及ぼすのでしょうか。

名古屋で開かれた東海地区最大級の合同企業説明会「マイナビ就職EXPO START 名古屋」=2009年11月[共同]

法改正、労働者は期待と警戒

 2008年秋以降、世界に急速に広がった不況の波。日本では非正規雇用の人たちがまず、荒波にさらされました。特に派遣労働者は「雇用の調整弁」とされ、「派遣切り」が広がりました。労働者派遣法を改正する目的は、派遣労働者の保護にあります。厚生労働相の諮問を受けた労働政策審議会は昨年末、登録型派遣のほか製造業への派遣や日雇い派遣を原則禁止とする答申をまとめました。労働者派遣法の施行は1986年。政府は99年に続いて小泉内閣時代の2004年に規制を緩和し、製造業への派遣を解禁するなど対象業務を広げてきましたが、今回の改正で流れは大きく変わりそうです。ただ、改正案にはいくつかの例外規定が盛り込まれる見通しです。例えば、製造業派遣では「雇用の安定性が比較的高い常用雇用の労働者派遣については禁止の例外とすることが妥当」としています。登録型派遣では、専門性の高い26業務が例外扱い。法律の施行日についても3~5年の猶予期間を設ける方向です。

 派遣法改正に経営側は一貫して反対しています。特に強く反対しているのが中小製造業の経営者です。中小の製造業では人材を募集するのに苦労する場合が多く、必要に応じて人材を送り込んでくれる派遣会社は頼りになる存在のようです。審議会の答申にも、経営側からの声として「製造業派遣の原則禁止は、国際競争が激化する中にあって、生産拠点の海外移転や中小企業の受注機会の減少を招きかねない。ものづくり基盤の喪失のみならず労働者の雇用機会の縮減につながることからも反対」との意見があったと記されています。

 労働側は法改正を基本的には評価していますが、猶予期間の長さ、いくつかの例外規定などに不満を表明しています。例外規定が改正法を骨抜きにしかねないと警戒しているのです。

 連立与党は経営側の意見にはあまり耳を傾けず、答申に沿った改正法の成立を目指しています。法改正の影響について、リクルートワークス研究所は規制の対象となる製造業派遣約20万人のうち約6.4万人、登録型派遣約24万人のうち約11.2万人、合計約18万人が仕事を失う可能性があるとの試算をまとめました。派遣労働者の保護を目的に法律を改正する結果、かえって派遣労働者の労働環境が厳しくなるというのです。法改正をにらみ、派遣労働者の受け入れを絞り込む動きも徐々に広がっています。

 さて、ここでナビゲーターの首都大学東京教授、脇田成さんに登場していただきましょう。

■脇田さんの分析 3

 派遣労働者の総数は08年で140万人と、労働力人口に占める割合は小さいことをまず認識すべきでしょう。ピーク時に比べて半減した現在は、規制をかけるタイミングとしてはちょうど良いかもしれません。もともと派遣労働の形態がマクロ経済の効率性に寄与するのかどうか、疑問を感じてきました。派遣労働者の時給はパート労働者の約1.5倍であり、派遣先企業は派遣業者に時給の約1.5倍の費用を支払っています。企業はパート労働の約2.25倍のコストをかけて派遣労働者を使っているのです。

決算発表資料を配る企業の担当者ら=1月29日、東証

 短期雇用が必要なら、企業は期間工のように直接雇用して管理すれば良いでしょう。企業が派遣労働者を使うのは、採用のリスクや費用の固定化を防ぐためであり、責任逃れの構造ができあがっています。パート・アルバイトの賃金を上げ、雇用を安定させる方が日本経済全体にとってプラスになると思います。直接雇用が増えれば、企業にとっては作業を合理化するインセンティブが高まり、イノベーションを促進するのではないでしょうか。

………       ………       ………

派遣の実態、細かく把握を

 非正規雇用への対策が難しい理由の1つは、労働市場の変化の激しさにあります。派遣への規制強化に賛成するにせよ、反対するにせよ、刻々と変化しつつある実態を把握しながら柔軟に対処しないと、意図せざる結果を招きかねません。コラムでは「非正規雇用」をひとくくりにして論じる危険性を指摘してきました。「派遣」を巡る議論でも同じ傾向が見られるのではないでしょうか。「派遣切り」や「年越し派遣村」に憤りを感じ、「派遣は経営側にとって都合のよい雇用形態だから規制を強化すべきだ」と断じるだけでは問題は解決しません。反対に「派遣への規制は多様な働き方を阻害する」と主張し続けるのも不毛です。「派遣」の実態をきめ細かく把握したうえで、派遣制度のどこをどのように手直しすべきなのか、両陣営が胸襟を開いて協議すべきときでしょう。