2010年2月26日金曜日

実家暮らしでも「無縁死」中高年ニートたち

「週刊ダイヤモンド」
経済・時事格差社会の中心で友愛を叫ぶ

【第12回】2010年2月26日
西川敦子[フリーライター]

実家暮らしなのに“無縁死”!?
親の年金に依存する中高年ニートたち

http://diamond.jp/articles/-/3695

 NHKが1月31日に放映した「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」が大きな反響を呼んでいる。

「身元不明の自殺と見られる死者」や「行き倒れ死」は、NHKの調べによると年間3万2000人。地縁や血縁、さらには会社との絆「社縁」を失った日本人の姿が浮き彫りとなった。「このままでは自分も……」と番組を見ながらぞっとした視聴者は少なくなかったことだろう。正月以来、ご無沙汰していた実家にあわてて電話をかけた人もいたかもしれない。

 だが、「無縁死ギリギリ」という事態に陥っているのは、家族のいない人々だけではないようだ。

 “家庭内無縁”に直面している人々の実態について、現場に聞いてみた。

親の介護中に死んだ
40代ニート

 真夏のある夜、地方都市の病院の救急搬送口に、ひとりの40代男性が運び込まれた。入浴後、脱衣所で体をふいていたとき、突然具合が悪くなり、救急車を呼んだという。診断結果は冠動脈疾患。病状はすでにかなり進行していた。

「そういえば1年ほど前から、時折ぎゅうっとこう……しめつけられるような胸の痛みがありました」

 男性はあとでそう語った。だが、病院には行かなかった。国民健康保険の期限はずっと前に切れていたからだ。

 中学を卒業後、就職もままならず、アルバイトを転々としていたという彼。だが、年齢を重ねるうち、仕事の口は減っていった。やっと職にありついても、職場の仲間は学生ばかり。いつのまにか親子ほどの年の開きができていた。

 そのうち、雇ってくれるところはまったくなくなってしまった。求人サイトを隅から隅まで探しても、自分の年齢や条件に合う就職口は見つからない。

 暗澹たる気持ちになった彼は、仕事を探すのをあきらめ、親の年金収入をあてに暮らすことにした。とはいえ、生活はどん底状態に。親子で食べていくのが精いっぱいで、当然自分の社会保険料など支払えるわけはない。運の悪いことに、やがて父親が発病。寝たきり状態となってしまう。

 父親を介護施設に入れれば、年金はその費用に消える。在宅介護をすれば、自分の就職のチャンスはますます遠ざかる。彼は悩んだが、とりあえず生活していくは後者の道を選ぶよりなかった。

 治療は受けたものの、病状は急速に悪化。結局、男性はそのまま病院で息を引き取った。入院して4ヵ月後。あまりにあっけなく、孤独な死だったという。

貧困化する
“無保険ニート”の実態

 中高年ニートが急増している。

 東京大学社会科学研究所教授 玄田有史氏の研究によれば、15~34歳のニート人口は2002年時点で85万人だった。それから8年。今、「第一世代」と呼ばれる人々は、すでに40代に突入しているはずだ。

 親が元気で働いているうちはまだいい。しかし、定年に達すればその年金に頼らざるを得ず、親子ともども貧困に陥るケースも出てくるだろう。さらに、親が寝たきりや認知症になれば、子どもは頼るべき相手もないうえ、介護問題まで背負い込むことになる。まさに孤立“無援”の状態だ。

 問題は、社会制度からも切り離されてしまう人々だ。実際、全国の医療、福祉機関などが加盟する全日本民主医療機関連合会のもとには、冒頭のような事例も報告されている。

 ある病院のソーシャルワーカーは打ち明ける。

「非正規労働者で無保険という人は少なくありませんが、最近は親元で暮らす無職の人にも目立つようになりました。不況に加え、親が高齢化しつつあることも背景にありそうです。

 両親の入院費用の相談で訪れた際などに、打ち明ける人が多いですね。じつは自分も健康保険の期限がすでに切れているが、どうしたらいいか、と――。でも、そうやって話してくれる人はまだいい。無保険だから、と深刻な病気になっても病院に行かず、我慢している人が多いようです。早めに話してくれれば、それなりに打つ手はあるんですが」

 じつは、生活保護を受ければ医療扶助の適用となり、医療費は自己負担せずにすむ。だが、そうした知識がないために、多くのニートたちが悩みや不安をひとり抱え込んでいる。

 自宅で暮らしながらも、社会制度の外側で孤立している――そんな息子、娘たちが増えつつあるのだ。

広がる親子の断絶
子どもの経済的虐待も

「自分に何かあったらわが子はどうなるのか。障害者の親たちは昔からこうした悩みを抱いていましたが、今やニートの親も同じ。中には子どもの年金や健康保険料を払おうとする親もいる。ほとんどの子どもは拒否するようですが…」

10代からシニアまで、地域の人々が集まって若者の自立について考え、活動する「仕事工房ポポロ」。母体となったのは学習塾だった。

 こう話すのは長年、ニートや不登校児の支援活動を行う、NPO法人「仕事工房ポポロ」(岐阜市)代表、中川健史さん。一方で、「親が死んだら自分も死ぬしかない」などと考えている子どもも相当数いるようだ。

 このように経済的には依存関係にあり、強く結びついているニートの子どもと親だが、一方、精神的には深い断絶に直面している。

「もと企業戦士の父親と息子が家庭内で対立し、口もきかないというケースも多い。同世代の友人やかつての仕事仲間などと断絶しているうえ、家の中でも世代間で断絶してしまう。それが彼らの不安を強め、ますます心の闇を深くしています」(中川さん)

 経済的弱者の子どもが、身体的弱者の親を虐待するケースもある。

「親が同居している子どもにおカネを預けているが、要介護状態なのに面倒をみてもらえず放置されている」

「無職の子どもが老親の年金で生活をしているが、ホームヘルパーなどの在宅サービスは拒否、施設入所も認めない」

 日本高齢者虐待防止センターには、こうした事例が次々に報告されている。

「平成20年度 高齢者虐待防止法に基づく対応状況等に関する調査結果」によれば、家族による虐待事例、約1万5000件のうち約4000件は親の年金や貯金を勝手に遣うなどといった「経済的虐待」。およそ26%を占めている。

 同センター事務局長 梶川義人さんは説明する。

「以前から行われていたことだとは思いますが、問題意識が高まったこともあって、発見数が増えています。 とくに同居している場合は、自宅が“密室”と化すため、こうした問題が起こりやすいですね」

ニート親子に冷たい
日本の“ご近所”

 では、世の中と断絶してしまった親子が、ふたたび社会とつながる道はあるのだろうか。

 そのヒントを探るべく、東京都三鷹市にあるコミュニティベーカリー「風のすみか」を訪ねてみた。

「風のすみか」は、パンの製造から販売まで、ニートの若者たちの手でおこなわれるユニークな店だ。

 並んでいるのはいずれも天然酵母を使用した、保存料、添加物不使用のパン。山型食パンに、メロンパン、くるみパン――。50種類以上が並ぶ店内は、こうばしい香りがいっぱいに立ち込め、きびきびと立ち働く若者たちの姿がある。

 原材料となる小麦や野菜の一部は、神奈川県韮尾根の畑で、やはりニートの若者たちが生産したもの。

 運営しているのはNPO法人 文化学習協同ネットワーク。代表理事の佐藤洋作さんは言う。

「ティーンエイジャーから40歳くらいまで、年間400人近い人々がここの相談窓口『サポートステーション』を訪れています。8割は男性ですね。完全な引きこもり状態の人から、過労や人間関係がもとでうつになり、失業してしまった人もいる。

 公的な就職支援、職業訓練サービスにつなげることもありますが、必要に応じてここで実習を受けてもらっています。引きこもりで対人不安が強い人などは農業体験にチャレンジしてもらうことが多い。生活リズムを取り戻し、仲間と一緒に働きながら、少しずつ対人不安を和らげる。さらに、ベーカリーでの製パン作業、販売などを通し、自信をつけていきます」

 そんなトレーニングを重ねるうち、引き込もっていた人にもほんの少しずつだが、変化が生まれてくる、と佐藤さん。

「人前ではずっとうつ向きっぱなしだったのに、顔を上げて話せるようになった」

「つらくて怖くて、どうしても書くことができなかった履歴書を仕上げた」

「お昼時の保育園や会社などへ出かけていき、ひとりでパンを販売するようになった」

「何か特別なスキルを身につけて見違えるようになる、なんてことじゃないんですよ。ごくささやかなことなんだ。だけど、本人にしてみたらすごく大きな進歩なんです」

 地域にある福祉事務所や保育園、企業など10社の協力事業所で、インターンとして働くこともできるそうだ。地道な体験を積み重ねた結果、晴れて就職を果たす人も年間120~160人ほどいるという。

「たいていは、まず親御さんが相談にやって来てそれからお子さんが来る、というパターンだね。でもほとんどは近隣からではなく、もっと遠くから見えるんですよ。つまり、引きこもっていることを地域の人には知られたくない、ということだと思う。知られれば、『家庭環境が複雑だから』とか『親の育て方が悪かったから』などと見られがちだから」

ニートを増産する
現代社会の問題点

 だが多くのケースを見ていると家庭環境や育ち方などはほとんど関係ない、と佐藤さん。原因はむしろ社会の変化にあるのでは、という。

「たとえば昔なら実家の商売を継いだり、町工場に就職したりと、不器用で人付き合いの下手な若者でも、働ける場所はあったんです。企業も半人前の新人を採用し、一人前に育てるキャパシティを持っていた。だが、今はどこの企業も即戦力を問う時代。コミュニケーション能力の低い人材はまず排除されてしまう」

 ギスギスした職場にうまく馴染めず、自信を失ったり、心に傷を負ったりした人々が、耐えきれずに家庭に引きこもる。そのうち親とも断絶し、完全に孤独になってしまう、というパターンも多い。

 第一生命経済研究所の推計によれば、全国のニートは2015 年には109.3 万人。あと5年で100 万人の大台を突破する見込みだ。また、総務省の労働力調査(平成21年10~12月期平均 速報)では、1年以上失業状態にある人は99万人だ。3年前より10万人も増えている。こうした人々の中から、あらたなニート予備軍が出てきても不思議はない。

 ともすれば社会に背を向けていると思われがちなニートたち。だが、じつは社会のほうが貧困化し、いろいろな人々を受け入れられなくなっているのではないか。

社会の分断が招く
「ニート100万人時代」

 とはいえ、親の年金で暮らす中高年ニートたちにとって時間はそうない。社会から断絶された「家庭」という孤島は、遠からず水没する日がやってくる。脱出するには、親が少しでも元気なうちに、今ある社会資源をめいっぱい活用するしかない。

 たとえば、全国にある地域若者サポートステーション、国の就労・職業訓練プログラム、キャリア相談、保健福祉機関の支援などだ。NPOの中にも、ニートの支援事業を手掛けるところは多い。「仕事工房ポポロ」でも、印刷やデザイン事業を通し、ニートたちの仕事体験、研修をおこなうほか、日頃の思いや悩みをぶつけあう「学び座」を実施している。

 ちなみに厚生労働省の委託により全国でおこなう、合宿形式の職場体験「若者自立塾」は2009年度末で廃止となった。今後は「緊急人材育成・就職支援基金」事業を活用した新たな合宿型若者支援プログラムを実施していく。詳細は中央職業能力開発協会のサイトからチェックしてほしい。

 前出の前川さんは語る。

「危機感がいよいよ具体的になってきたとき、人も社会も初めて変われる。そこに大きなチャンスが潜んでいるんです」

“ニート100万人時代”の到来。その危機感は、日本の変革へのひとつのチャンスとなるのだろうか。

 もはや、ニートが社会適応するだけでなく、社会もまた彼らに適応すべき時代なのかもしれない。