2010年2月20日土曜日

「賃金カット・首切り横行」から自分を守る法律武装入門

達人のテクニック 2010年 2月 20日

「賃金カット・首切り横行」から自分を守る法律武装入門

http://president.jp.reuters.com/article/2010/02/20/CF1AEEEE-1D03-11DF-920F-8AFA3E99CD51.php

プレジデント 2010年3.15号
解雇、退職勧奨、賃金カット……。業績悪化により、会社はサービス残業を押し付け、さらには人件費に手をつけている。

野尻昌宏=文 小倉和徳、渡邊清一=撮影
キーワード: 人事・人材・雇用 法律・コンプライアンス 収入・給料 経営・組織

タイムレコーダーのコピーや手帳の記録で、サービス残業や自主退職の押し付けと断固戦う方法を伝授する

労働組合 東京ユニオン執行委 高井 晃●員1947年生まれ。70年、早稲田大学第一政経学部政治学科中退。79年、東京ユニオン設立、委員長。著書に『ユニオン力で勝つ』など。

解雇、退職勧奨、賃金カット……。業績悪化により、会社はサービス残業を押し付け、さらには人件費に手をつけている。そのような状況の中、ビジネスマンがわが身を守る方法はあるのだろうか。経営者からの信任も厚い第一芙蓉法律事務所・木下潮音弁護士と、労働者争議の最前線で奮闘する東京ユニオン・高井晃氏に、労使双方の立場から助言を頂いた。

まず、会社が人件費を減らすには、賃金カットと解雇の2つの方法がある。この2つを労働契約法の観点から比べると、実は解雇のほうが容易なのだという。

「日本の労働法では『クビ切り』はできないが『賃金カット』は簡単だと思っている人が多いのですが、大きな間違いです。労働契約には、『解雇権』が織りこまれており、労働者の同意がなくとも、いくつかの条件を満たせば解雇することが可能です。反対に賃金カットは、原則として同意が必要で、仮に就業規則変更等により契約内容を変更しようとする場合は、誠実に協議をしなくてはいけません。会社の将来を考えても、役に立たない問題社員には早期退社をうながして、新規に採用をしたほうがいい」(木下)

労働者の心を折り、「自主退職」を迫る

弁護士 木下潮音●第一芙蓉法律事務所早稲田大学法学部卒業。1985年、弁護士登録。92年、イリノイ大学カレッジオブロー卒業、2004年4~05年3月第一東京弁護士会副会長。

一般に労働者を会社が解雇するには4つの要件を満たさなければならない。それらは、解雇の必要性、解雇回避の努力の有無、解雇対象者選定基準の合理性、労働者への説明・協議だ。多くの場合、整理解雇の前に希望退職を募るが、「自主退職」を「強制」されている例も頻発している。

「去年の春先ぐらいから正社員のリストラがガンガン進んでいます。リーマンショック後のテレビ放送で、米国のビジネスマンが書類でいっぱいの段ボールを抱えて出てくるのを観た方も多いのではないでしょうか。その解雇の方法はロックアウト型と呼ばれています。出社すると、セキュリティカードを取り上げられ、荷物をまとめさせられて自宅待機を命ぜられる。これと似た動きは日本でも徐々に広がっています」(高井)。いきなり休職扱いでドーンと突き落とし、ビジネスマンのプライドをズタズタにしたうえで、収入面でも大幅な減額をする。そして、転職活動を1日でも早くせざるをえない状況に追い込み、自ら退職届を出させる手法をとるのだ。実質的に「解雇」を行う手法はほかにもある。

「気をつけなければならないのは、社員を個人事業主にしてしまう方法です。そうすれば、経営者は社会保険料、労働保険料を負担せずに済むうえ、法律的な『整理解雇』をせずに、事業契約を見直すだけで、賃金カット、クビ切りがいとも簡単にできるのです」(高井)

「目立った問題行動を起こすのであれば解雇は可能ですが、企業にとって一番の問題社員とは『休まず、遅れず、働かず』の無気力な人たちです。クビを切る具体的で明確な証拠を提示できないからです。『いつもサボってばかり』ではなく、『○月×日△時□分から▲時■分まで、誰にも告げず、席にいなかった』等の小さな記録を積み重ねていくことが大事です」(木下)

サービス残業代を支払わせた決め手

解雇されそうになったらどうするか?なにか問題を起こすとクビにされ、なにもしなくてもギリギリと追い詰められていく。圧倒的に不利な立場にあるビジネスマンが会社相手に戦う方法はあるのだろうか。

「『あんたやめたらどう?』『あんたの居場所は会社にないよ』『あなたの仕事は次の仕事を探すことだ』と退職しろと言わんばかりの発言も、よく聞くと解雇とは言っていない。労働者の心がくじけるのを待っている。会社側の『退職勧奨』に、断固として『NO』を言い続けることが大切です」(高井)

ICレコーダー、日記、手帳でのまめな記録も大切だ。

「相手の許可をとっていなくても、まずは記録をとり続けることが大切です。どう使うかは後になって考えればいい。賃金未払い等の民事の時効は2年。サービス残業を押し付けられた労働者が、タイムカードのコピーや手帳への記録から200万円を会社から取り戻した例もあります」(高井)

平成18年4月から施行された労働審判制度は労使争議の主戦場となりつつある。昨年だけで3500件もの争議を扱い、解決率は約80%だ。

「労働審判制度は、労働事件の裁判の形態に民間の労使の現場経験者が介入するという点で画期的です。平均して70日程度で解決します。会社側は、解雇権行使で想定されるリスクが把握できるようになった」(木下)

雇用保険が支給されるのは退職から3カ月目。それより早く金銭的解決を得られるのは労働者には大きなメリットだろう。

一方、高井氏は労働審判について、メリットは最大限活かしつつも、労働組合による団体交渉も選択肢に入れるよう勧める。

「労働審判で職場に復帰する形でまとまったことが極めて少なく、もらえる金銭の額の水準が低い。孤独な戦いを強いられるビジネスマンは、社内、社外にも仲間を増やすことが重要です。支援があれば職場復帰も夢ではありません」(高井)