2009年12月3日木曜日

速読術のすごさ

梶原しげるの「プロのしゃべりのテクニック」

【84】速読術は、どれくらいすごいのか

http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20091130/198129/

オーディオブック 速読術

普通の人の4倍の速度で本が読める?!

 「速読術をマスターしたい」

 でもなんか、うさんくさいなあ、と思っていた。
 「速読術」の広告が、「履いた瞬間身長7センチアップ」の「シークレットブーツ」や、「買ったとたん1億円の宝くじに当たりました」という「お守りの数珠」なんかと同じページに雑誌広告を打ったりしているから、余計そう思ったのだろう。

 その「速読術」を、先日「所さんの目がテン!」(日本テレビ系)で特集していた。ここのスタッフは、業界でも信用のおける人たちだ。「速読をどう料理するのか?」と、興味深く観た。

 番組では例によって、いくつかの実験を行った。
 沢木耕太郎著『深夜特急』を一般学生Aさん、速読術を勉強している学生Bさんの2人に同時スタートで読ませる。速読学生Bさんはなんと26分で完読。普通の学生Aさんはその4倍もかかった。

 200ページものボリュームの本だから、私ならもっとかかるところ。1時間半ほどで読み終えたAさんだってたいしたものだが、Bさんは速読術の威力をまざまざと見せつけてくれた。

 しかも、その後さらに驚かされた。
 本の中に登場する、沢木耕太郎さんが旅をした都市の順番、印象に残ったと書き記した町の名前など、相当細かく複雑な記述についてテストすると、じっくり読み込んだはずのAさんより速読のBさんの方がむしろ正確に覚えている。

 ここでテレビ画面にフリーダイヤルの番号が表示されて、「速読講座、お申し込みは今すぐ、どうぞ!」とやられたら、私は即座に電話番号をプッシュしたかもしれない。

 ところが実験はここで終わらない。

 子供が難病で亡くなったりする悲しい物語を何話も集めた『99のなみだ~涙がこころを癒す短篇小説集』(リンダブックス) という、いわゆる「泣き本」を用意。今度は速読家のほかに一般の人2人の計3人で一斉に読み始める。

 読み始めて程なく一般人の1人が、追いかけるようにもう1人がボロボロ涙を流し始め、2人とも鼻水まで流しながら読み進める。一方速読家は、先ほどと変わらず冷静にビュンビュン読み飛ばし、あっという間に読了! 目を泣きはらし、嗚咽を漏らしながらページを繰る2人を相当長い時間待つことになる。

 学者が登場して、速読について分析してこう述べた。
 「速読は、文字を数行まとめて、塊の映像として脳にインプットする。したがって、意味や情報は超スピードで頭に入るが、感情は受け止めにくい。文字情報を素早く入手するには有効な技だが、細やかな感情を読み取るのには向かない」

 おおよそ、こんなことを言っていた。
 なるほど、速読も万能ではないということらしい。

 書きものもいろいろだ。ビジネス文書のように、論理的に事実を事実として正確に伝えるのを主たる目的としたものもあれば、もっぱら読み手の情緒、感性に訴えるものもある。

 前者は速読が大いに有効だが、後者はやはり時間と手間をかけて味わわないといけないようだ。

 これは速読を否定したものではない。向き不向きがある、という事実の指摘だ。

 私の読書の実態からすれば、読む本の半分以上が速読向きであると知った。しかし、速読をマスターして読書時間の節約をする前に、速読を学ぶために多くの時間を割かねばならないということにためらいもある。

 先日、本コラムをムック本にした『梶原しげるのプロのしゃべりのテクニック』(日経BP社刊)のオーディオ版制作が決まり、「オトバンク」という、オーディオブック制作会社で3日間にわたり録音をした。録音する合間の休憩時間、制作担当者に「オーディオブック」の現状について様々な疑問をぶつけた。

 そもそも、ネット経由で音声媒体として本が消費されたら、紙の本を商売の中心にしている出版社は、その分売れなくなって困っちゃうのではないか?
「それが不思議なモンで、オーディオブックを配信で購入した人の多くが、本も購入しているようなんです」

「え、二重にお金がかかるでしょう」

「確かに。しかし、耳で聴いて、なるほど!と思った箇所は、改めて眼で確認したい。アンダーラインも引きたい。いつも手に取れるところに置いておきたい、というもののようなのです。そのためには多少の投資はする。売れる本は、音声でも、紙でも、両方で売れる。競合するというものじゃないんです。むしろ協同でしょうか」

 なるほど、混み合った通勤電車の中や、移動中は耳で読み、余裕のあるところではきっちり活字を追う。場面の使い分けに便利であると同時に、聴覚、視覚、という別の感覚器官からのインプットは脳への浸透度がさらに高まりそうだ。

 「両方使うことで、記憶にとどまる度合いが強まり、発想の仕方が多様化すると言う人もいます」

 なるほど、刺激される脳の場所が違うと、新鮮な思考が浮かんでくるかもしれない。

 「何より、読書の時間短縮になるというメリットを指摘する人もいます。紙の本の続きをオーディオで、オーディオの続きを本で、とやっているうち、通常本だけで読むより速く読み切れるのがうれしいとおっしゃる。実は『速く読みたい』というニーズに応える、倍速版の配信があって、これが今、大人気なんですよ」

 これを、聴かせてもらった。
 ケロケロ、ケロケロという音に聞こえ、最初はひどく違和感があったが、すぐ慣れた。思った以上に話の中身は聞き取れる。

 「プロの声優さんやナレーターさんが滑舌よくしゃべっているから、うまく聴き取れるんでしょう?」
 「いや、そうでもないんです。たとえば、勝間和代さんのオーディオブックを聴いてみます?」

 勝間さんは、書籍の音声化に積極的だ。しかも他人任せでなく自ら吹き込んでいる。どちらかというと、普段のしゃべりも早口で、その倍速が聞き取れるものか、少々不安だった。

 ところが。ケロケロした勝間さんの倍速音声は、勝間さんが強調したいポイントも倍に強調され、脳に直接突き刺さってくるようだ。倍速にすると、スピードだけでなく迫力も倍化するように感じた。

 「聴く方にもけっこう緊迫感が伝わって、いいですねえ」
 「ええ、しかも読書時間の短縮なら、こちらは倍速いわけで」

 「タイムイズマネー」を地でいく現代的商売でもあるのだ。

 ここでは小説やエッセーなど、ビジネス書とは全く趣を異にする、情緒に訴える芸術作品も数多く配信している。まるで、ラジオドラマのように、何人もの役者さんがそれぞれの役を演じ、効果音も入れた丁寧な作りだ。

 「さすがに、こういうのを倍速で、と言うお客さんは少ないでしょう」
 「いや、ところが、そういうニーズもあるんですよ」

 と、江國香織さんの『東京タワー』の倍速版を聴かせてもらった。

 確かに、江國ワールドを楽しもうという人には台無しな感じだが、話題の文芸書も知っておいた方が、クライアントとの雑談が弾む、と考えるビジネスパーソン、銀座のクラブのホステスさんたち接客業の人にとっては「ええ、私も読みました。後半のどんでん返し、思わず鳥肌が立っちゃった」ぐらいの話はできる。要するに、「味わう」ことを意図せず、話題の書も仕込んでおくためには有効だと感じた。

 速読術を学ぶもよし。オーディオブックを利用するもよし。
 限られた貴重な資産「時間」を有効利用することは大事だ。
 もちろん、だからこそ、時間をたっぷりかけて紙の手触りとともに書物を味わう時も作ってほしい(近著『毒舌の会話術』は、とりあえず紙でよろしくお願いします)。

 うまく使い分けて、読書を武器に、さあ、ビジネスの戦場へ!

梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。【梶原しげるオフィシャルサイト】
著書に『すべらない敬語』『図解版 口のきき方』『そんな言い方ないだろう』『老会話』『話がうまい人はやっている「聞き管理」』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』ほか。

このコラムについて
梶原しげるの「プロのしゃべりのテクニック」

プレゼンや会議などで言いたいことが思うように伝わらず、困っているビジネスパーソンは多いのではないだろうか。そこで、しゃべりのプロ、アナウンサーの梶原しげるさんが、相手に伝わる話し方のコツを伝授する。プロのテクニックを、ビジネスの現場でぜひ生かしてほしい。

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