不正引き出し補償制度の「落とし穴」とは?
http://president.jp.reuters.com/article/2009/12/10/3D4059D8-DA4A-11DE-ADA5-441F3F99CD51.phpカード盗難
プレジデント 2009年11.16号
「預金者保護法」により、カードの盗難・偽造による被害は、30日以内に届け出れば、金融機関が補償してくれることになった。
司法ジャーナリスト 長嶺超輝=文 ライヴ・アート=図版作成
キーワード: 社会 世のなか法律塾
「カバンの中の財布がない!」
「窃盗」と「占有離脱物横領」の違い
そう気づいたとき、あなたならどうするだろうか。ありうるのは、次のような行動だろう。交番に駆け込むと、警察官に「財布がなくなったときの状況を覚えていますか」と聞かれる。「よくわからない」と答えると、「では遺失物届を出してください」と言われてこれに応じる。キャッシュカードが入っていたので、銀行に電話したらすでに現金が引き出されていた……。
実はこの段階で、お金が戻ってくる可能性は少なくなっている。しかし、少し頭を使っていれば、銀行に全額補償してもらえた可能性もある。どのように行動すればよかったのだろうか。
2006年に施行された「預金者保護法」により、カードの盗難・偽造による被害は、30日以内に届け出れば、金融機関が補償してくれることになった。しかし、補償の範囲が「カードの盗難・偽造」に限定されていることに注意する必要がある。冒頭の例では、警察に「遺失物届」を出している。これは、「私は盗難に遭ったのではなく、紛失した」と警察に申告したということだ。「その後補償してもらおうと銀行に届け出ても、『遺失物届を出していますから、紛失ですね』と補償を蹴られるケースがよくある」(カード盗難問題に詳しい野間啓弁護士)。現金が引き出されても、盗難と扱われるとは限らない。大事なのは、キャッシュカード自体が盗難に遭ったのか、紛失した(そしてその後、誰かが拾って現金を引き出した)のか、だ。
盗難の場合は全額補償、紛失の場合は補償ゼロ、と扱いが違うのは、紛失の場合、カード利用者にも一定の責任があるからだ。しかし、野間弁護士は、現実への適用の難しさを指摘する。
「刑法犯でいう窃盗罪か、占有離脱物横領罪かの違いになるが、これは司法試験の択一試験でも受験生を悩ませる微妙な問題」
「窃盗」とは、他人の占有(物を事実上支配する状態)を侵害して盗むことであり、「占有離脱物横領」とは、占有から離れたものを横領することだ。つまり、そのものが所有者の占有状態にあるか、占有から離れているかが分かれ目になるが、何メール離れたら、あるいは何分間目を離したら「離脱」したとされるのか、基準があるわけではない。「同じ区域に所有者がいて、いつでも取りにいける環境にあれば、占有は続いているという認定になる」(同)。
交番の警察官が「財布がなくなったときの状況」を聞くのは、このどちらであるかを判断するためであり、前者であれば「被害届」、後者であれば「遺失物届」を出すことになる。しかし、「移動中になくなった場合、カバンが切られていたりしない限り、落としたか、スリに遭ったのかは普通わからない。加えて、警察は、手間がかかる被害届の受理は避ける傾向がある」(同)。
その結果、紛失と扱われて補償が下りないというケースが出てくるわけだ。では現実に冒頭の状況に置かれたときは、どのように対処すべきなのだろうか。
「盗難が疑われるときは、頑張って被害届を受理してくれるよう、警察に掛け合うことが必要。この場合、『こんな可能性もある、あんな可能性もある』と、善意で一所懸命説明すると逆効果。状況が特定できないということで『紛失ですね』と言われてしまう」(同)
また、銀行で補償を拒否されても、裁判に持ち込めば、可能性はある。それは、「裁判官は盗難と紛失の線引きが難しいことを知っている」(同)からだ。
なお、補償の金額は、被害者に過失がある場合は減額される。軽過失(生年月日を暗証番号にし、生年月日が書かれたカードと共に携行していた場合など)の場合の補償額は75%、重過失(暗証番号をカードに書いていた場合など)は0%となる。