ウエスタンデジタルの「My Bookシリーズ」におけるハードディスク戦略
http://journal.mycom.co.jp/articles/2010/01/01/wdmybook/index.html1 外付けハードディスクを賢くすることでユーザ層を拡大
2010/01/01 牧野武文
HDD ハードディスク Western Digital ウエスタンデジタルジャパン
単なるデータの倉庫ではない「My Bookシリーズ」
ウエスタンデジタルジャパンが12月初旬から出荷を開始した新しい「My Book Elite」および1月から出荷を開始する予定の「My Book Studio」は、今後の外付けハードディスクという製品の位置付けを大きく変える製品になるかもしれない。その理由を同社VP Marketing Branded ProductsのDale Pistilli氏に聞いた。
My Bookシリーズ「My Book Elite」。容量は640GB / 1TB /1.5TB / 2TBの4種類、インタフェースはUSB 2.0、Windows対応。Macはフォーマットにより対応可能
My Bookシリーズ「My Book studio」。容量は1TB / 2TBの2種類、インタフェースはUSB 2.0とFireWire 800(IEEE1394b)、Mac対応
従来の外付けハードディスクはデータを保存する倉庫としての役割が大きかった。そのため、ユーザの大半は保存容量と価格の安さに購入時のポイントを置いてきた。もちろん、ハードディスクへの負荷が高い作業をする場合は転送速度や信頼性も重要になる。また、パソコンの周辺機器とはいってもデザインも選ぶ場合の大切な要素の1つである。しかし、基本的には差別化が難しい製品であったことは間違いない。そのため、現実的には「価格が安いものが売れる」というデフレのご時世をそのまま体現した製品だったといえる。特に日本では、アイ・オー・データやバッファロー、ロジテックといった周辺機器メーカーがハードディスクの製造メーカーから仕入れたドライブを独自のケースに組み込んで量販店で販売する形式が一般的だったこともあり、価格競争は熾烈を極めてきた。
その中で、大手ハードディスクドライブ製造メーカーであるウエスタンデジタルは、自社が開発したケースにドライブを組み込んだMy Bookシリーズを昨年より本格的に日本市場に投入した。ドライブの特性を把握している製造メーカーの強味を生、ファンレス構造でありながら発熱が少なく、さらにMacと親和性の高いデザインやカラーを採用するなど、「高い信頼性」「優れたデザイン」「使いやすい機能」という質の高さを売りに認知度アップを図ってきたが、激戦区である日本市場でのシェア拡大は容易なことではなかった。
「ウエスタンデジタルの外付けハードディスクが購入しやすいように2009年12月から日本のアマゾンでも積極的な販売を始めました。特にMy Book Essentials 2TBはかなりお得な価格で購入できると思います」と語るVP Marketing Branded ProductsのDale Pistilli氏
そこで登場したのが、ユーザに新しいライフスタイルを提案する機能を盛り込んだ新My Bookシリーズである。Dale Pistilli氏によれば「知能をもったハードディスク」を目指しており、その中心となるのが、製品に組み込まれた「WD SmartWare」という専用ソフトだという。このソフトはハードディスク用のユーティリティではあるが、従来のように付属CDからインストールするわけでもハードディスクに単にコピーされているわけではない。ドライブの特別な領域に組み込まれており、常にデスクトップ上に表示されるようになっていて、ユーザが必要な時にいつで使用することができる。また、「変更可能なラベル」「強力な暗号化」「ドライブの診断」「スリープタイマーの設定」「保存内容の分類表示」といった機能を備えており、ユーザは自分の好みの仕様にハードディスクを設定することができる。
「WD SmartWare」は、パソコンに接続するとこのようにアイコンが表示され、ソフトにアクセスできる。このソフトは特殊な領域に保存されている
電源を切っても表示が消えない液晶画面を搭載
新しいMy Bookシリーズのデザイン的な特徴として、文字が表示できる液晶画面がある。この液晶には空き容量などが表示されるが、自分で入力した文字を表示することもできる。「eラベル」と呼ばれるこの機能は、コンシューマー向けの外付けハードディスクとしては実にユニークなもので、しかも電源をオフにしても表示が消えない構造になっている。これは、最近話題の電子ブックリーダ「Kindle」と同様に電力が供給されていなくても表示が残る新技術を採用しているためで、複数台の外付けハードディスクを使用するヘビーユーザにとってはたいへん便利な機能だといえよう。ただし、日本語には対応していない。
eラベルはeインクという技術を採用しており、白と黒の粒子を電圧によって上下に移動して文字を表示する仕組になっている。左は、ウエスタンデジタルの「WD SmartWare」を使ってラベルを「WESTERNDIGITAL」から「MYCOMJOURNAL」書き換えた状態。右は画面を拡大したところ
さらに同製品では、ファイルが作成されるたびに自動でバックアップを行う設定も可能だ。消去や上書きしてしまったファイルの復元機能やバックアップされているファイルを「ムービー」「写真」「音楽」「メール」「ドキュメント」「システム」といったジャンル別にビジュアルで表示する機能もある。大容量の外付けハードディスクになればなるほど、バックアップを取ったのはいいが、どのような種類のデータがどの程度保存したのかわからなくなってしまうことが多い。しかし、このビジュアル機能を利用すればそれを簡単に把握することができる。
自動バックアップなどの機能をもったソフトウェア「WD SmartWare」がハードディスクに内蔵されている
診断機能は、「簡易SMARTステータス」「簡易ドライブテスト」「完全ドライブテスト」の3つのテストがボタンを押すだけで実行できるようになっており、テスト内容が複雑になるに従ってスキャン時間が、数秒、数分、数時間と長くなっていく。最も詳細にチェックする「完全ドライブテスト」は、不良セクタの検出が可能だが数時間を要する。
暗号化の機能は、一度設定すれば自動的にすべて暗号化されて保存されるので、盗難にあってもデータを読まれることがない強力なものだ。しかし、パスワードを忘れるとユーザ自身も永久にアクセスできなくなるので注意したい。
ウエスタンデジタルでは同社がこれまで重視してきた信頼性やデザインといった質の高さに加えて、これまでハードディスクメーカーがあまり力を入れてこなかった、ソフトやハードの操作性や視認性といった部分を充実させることで、ビギナーを含めた幅広いユーザ層を取り込もうとしている。その中心となるのが「WD SmartWare」である。同社では、今後もソフトウェア開発に力を入れていくことを表明しており、外付けハードディスクに「知能」を持たせる方向で進化させようとしているが、用途そのものを変える戦略もすでに実行に移し始めている。それが、パソコンを使用せずに写真や動画、音楽などを再生できる「WD TV Live HDメディアプレイヤー」だ。
2 外付けハードディスクの存在価値を変えていく試み
パソコンにデータを保存しきれない時代が来ている
My Bookの機能は基本的にバックアップが主体となっている。これは、外付けハードディスクがバックアップの用途で使われることが多いからだ。バックアップというのは、安全のためにパソコンのデータの複製を他のメディアに保管しておくことだが、最近は少々事情が異なってきている。それは、ハイビジョンビデオカメラや2000万画素を超すデジタル一眼レフカメラの普及とともに、膨大なムービーや写真のデータをハードディスクに保存しなくてはならなくなってきたからだ。HDムービーを保存するとちょっとした長さでも数GBの容量になってしまうし、2000万画素を超すデジタル一眼レフカメラでRAWモード撮影をすると16GBのメモリカードも400~500枚で満杯になってしまう。例えば、500GBの内蔵ハードディスクを搭載しているパソコンに16GBのメモリカードのデータをコピーしようとすると30回もできない計算だ。つまり、パソコンの内蔵ハードディスクは一時的な保管場所にしかすぎず、これからはデータの複製を取る前にデータそのものを保管しておく場所を探す時代になりつつある。
データを保管する方法としては、ブルーレイディスクのようなメディアに移動して内蔵ハードディスクのデータを削除していく方法があるが、50GBの片面2層ディスクも16GBのメモリカードのデータは約3枚、HD画質のムービーで約2時間しか記録することができない。ブルーレイディスクは、コストと耐用年数には優れているが、大量のデータを一気に確認したり編集したりする作業には不向きであり、外付けハードディスクのほうが使いやすいのは間違いない。これまでハードディスクはバックアップ先か一時的なデータの保管場所というイメージが強かったが、これからは容量の大きなコンテンツを保存しておくコンテナのような存在になっていく可能性が高いだろう。そのためにはウエスタンデジタルが力を入れてきた「高い信頼性」が重要になってくる。
USB接続が可能なハードディスクに保存されているコンテンツをテレビで再生するプレイヤー「WD TV Live HDメディアプレイヤー」。HDMI端子経由で1080pフルハイビジョンでの出力が可能で、パソコンを介せずに写真、動画、音楽等の再生ができる
ハードディスクのコンテンツをテレビで再生する「WD TV Live HDメディアプレイヤー」の狙い
このような新しい外付けハードディスクの使い方を受けて、ウエスタンデジタルが発表したのが「WD TV Live HDメディアプレイヤー」だ。これは外付けハードディスクに保存されている動画、静止画、音声といったコンテンツをテレビで再生するプレイヤーで、テレビとはHDMI端子で接続し、1080pの解像度での再生に対応している。この製品を使えば、外付けハードディスクに保存したハイビジョンビデオカメラやデジタル一眼レフカメラのデータを大画面テレビで楽しめるようになる。使い方は簡単で、パソコンを経由して外付けハードディスクにコンテンツを保存したら、このメディアプレイヤーに接続し直すだけでテレビでの再生が可能になる。
ハイビジョンテレビに「WD TV Live HDメディアプレイヤー」を接続して表示させた状態。このようなナビゲーションでパソコンで保存したデータを誰でも簡単に再生することができる
今回登場した「WD TV Live HDメディアプレイヤー」は、従来モデルにはなかったEthernetポートも装備しており、ネットワーク経由でメディアプレイヤーに接続したハードディスクにも対応できるようになった。また、外付けハードディスクに保存したコンテンツだけでなく、Flicker(写真)、YouTube(動画)、Live365(ラジオ)などのネットサービスに無線LAN経由でアクセスし、直接テレビで楽しめるようになる。これらの再生等の操作は小さなリモコンひとつでOKだ。
同社の製品戦略は、My Bookシリーズを肥大化するさまざまなデータを簡単に保管できる場所として外付けハードディスクとして進化させ、それをパソコン以外の機器でも簡単に再生できる環境として「WD TV Live HDメディアプレイヤー」を用意することによって手軽にハードディスクを利用してもらい、1人あたりの使用台数を増やしていくことにある。つまり、かつての記録メディアの中心であったCD-ROMやDVD-ROM、あるいは最新のブルーレイディスクのようなメディアと同じようにユーザに気軽にデータを記録してもらう外付けハードディスクの市場を産み出そうとしているのだ。ただし、現時点では、iTunes StoreやCinema Now、Movielink、Amazon Unbox、Vongといった著作権保護が施されているデータの再生はできないため、今後どのように対応していくかが課題となる。しかし、ウエスタンデジタルの戦略は、これからのデジタルライフをより豊かにする貴重な試みであることは確かだといえよう。